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Channel: 中高年の山旅三昧(その2)
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口寺輪番八ヶ寺と江ノ島古道腰越地区社寺周遊(2)

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     龍口寺輪番八ヶ寺と江ノ島古道腰越地区社寺周遊(2)
           (五十三次洛遊会定例会)
        2015年10月15日(目) 快晴
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http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/0832f7b83a83478c38d7add4e1b88f61

<ルート地図>

■片瀬山・江ノ島付近の社寺


■腰越・小動岬付近の社寺


<龍ノ口付近を歩く>

■龍口寺輪番八ヶ寺の概要
 資料1(P.178)によると,明治16年(1883年)まで,龍口寺には住職が居らず,輪番八ヶ寺といわれる寺が順番に龍口寺を管理していた.この制度は,龍口寺に住職を置く様になるまで約550年におよぶ長い間続いていたという,輪番寺の山号は全て龍口山である.
 輪番寺は藤沢に常立寺と本蓮寺の2ヶ所,鎌倉腰越に本成寺,勧行寺,妙典寺,東漸寺,本龍寺,法源寺の6ヶ所ある.
 私達は,これら八ヵ所の寺だけでなく,腰越地区にあって平素あまり訪れることのない社寺も含めて一回りするつもりである.

■常立寺
 私達が最初に訪れた寺は,奇妙な八百屋のすぐ先にある常立寺である.13時59分,常立寺に到着する.ここは龍口寺輪番寺の一つである.
 同じく資料1(p.185)によると,この辺り一帯は元刑場.処刑された死体を埋葬して塚を築いて供養したのがこの寺の始まりだという.
 寺の入り口に,引用した資料と同じ説明が書いてある案内板が立っている.
 境内に入ってすぐの左側に元使塚(げんしつか)が立っている.同資料によると建治元年(1275年),元の使者が北条時宗の命によってここで処刑された.大正14年(1925年),元使650年記念に「誰姿森元使塚」が建立された.
 境内を一回りする.

<常立寺の元使塚>

■本蓮寺
 常立寺から少し戻って,14時09分,本蓮寺を詣でる.山門には柵が置かれていて,境内には入れないので,外から覗き込むようにして境内の写真を撮る.
 威風堂々の立派な寺である.
 資料1(p.186)によれば,595年,高句麗から来た恵慈の弟子,義源がこの寺を開山,後,元暦元年(1184年),源頼朝が阿弥陀山御堂源立寿寺(真言宗)として再興したという.後,嘉元2年(1304年),日秀が日蓮宗に改宗したという.
 私達は恐る恐る境内を覗き込んだだけで退散する.
 
<本蓮寺>

■湘南モノレールと江ノ電
 本蓮寺から往路を引き返し,本立寺の前を通り過ぎる.
 途中,石材店の店先に面白いものがあるらしく,同行者の足が石材店の前で止まる.タイムキーピングをしている私は,少々やきもきするが,旅行社主催の旅ではないので,どこまで行かなければならないという制約もない.私は急かせることなく,自由気ままに過ごしてもらうことにする.
 14時16分,湘南モノレール湘南江ノ島駅の脇のガード下を通過する.続いて.14時20分,江ノ電の軌条のある道路に出る.丁度そのとき江ノ電の電車が通過する.これ幸いとばかりに電車の写真を撮る.
 
<湘南モノレール湘南江ノ島駅>                         <江ノ電>

■龍口寺
 14時21分,龍口寺に到着する.
 今日は何かの催し物でもあるのだろうか,沢山の団体客が集まっている.どの団体も高年齢の女性が主体のようである.
 「龍口寺はこれまで何回も来ているので,今日は通過しましょう…ここを参拝していると他を廻る時間がなくなるし,疲れて他を廻る元気がなくなりそうなので…」
ということで通過する.
 なお,ここで龍口寺の説明は今更,という気がするので割愛する.
 
<龍口寺>

<腰越地区を歩く>

■法源寺
 江ノ電の電車が通っている通りから1本中の道幅が狭い道を東へ向かって歩く.
 一寸した登り坂である.龍口寺を過ぎると,龍口寺の喧噪がウソのように閑静な道になる.
 14時25分,三叉路を左折して,やや急な上り坂に入る.途中に休憩用のベンチが置かれている坂道である.
 14時27分,坂道を登り切って,法源寺に到着する.ここは別名「ぼたもち寺」.境内には2棟の建物が並んでいる.向かって右側が本堂である.
 資料1(p.182)によれば,一連の孫弟子,日行が文保2年(1318年)に開山した寺で,龍口寺八ヶ寺の一つ.したがって山号は龍口山である.本堂裏手には鎌倉唯一の何妙法蓮華経の題目が刻字された庚申塔がある.

<法源寺本堂>

■霊鷲寺と霊光無盡塔
 往路を元の三叉路まで戻る.転げ落ちそうな下り坂である.三叉路を左折する.
 14時36分,霊鷲寺の前を通過する.この寺の由来など良く分からないが,仏願宗の寺.資料2(p.460)に1行だけ記載されている.
 続いて,14時42分,霊光無盡塔の前を通過する.ここは戦没者の慰霊塔のようである.
 
<霊鷲寺>                               <霊光無塵塔>

■法善院
 霊光無塵塔前の三差路を左折して,なだらかな坂道を登る.
 14時48分,腰越中学校近くにある法善院に到着する.ここは真言宗の寺.山号は加持山.
 資料1(p.181)によると,ここは泰澄山瑠璃光寺とも言われたらしい.奈良時代に泰澄という僧が十一面観音を祀ったのがこの寺の始まりだという.山門の形式は薬医門.
 
<法善院>

■観音堂と本行寺
 再び往路を先ほどの三差路まで戻る.三差路を左折,道なりに進んで,14時50分,十一面観音が祀られている観音堂に到着する.
 資料1(p.181)によると,この辺りに観音堂墓地と呼ばれる所があり,十一面観音が祀られていたが,この十一面観音は,現在,法善院に祀られているという.私達はどの辺りが観音堂墓地だったか確かめられないまま通過する.帰宅後,改めて調べ直した結果,観音堂墓地は法善院のすぐ南の路地の突き当たりに位置していることがわかる.
 自動車の往来が多い大船腰越線を腰越方面に数分歩いて,15時08分,日蓮宗本行寺に到着する.外観はコンクリート3階建ての建物である.普通の寺を想像しながら訪れると,ちょっと意表を突かれる.資料1,資料2ともに本行寺の記述はない.
 
<観音堂>                                  <本行寺>

■本龍寺橋を渡る
 本行寺から大船腰越道を大船方面に200メートルほど戻って信号を渡る.
 15時11分,本竜寺橋を渡って住宅街の中の路地に入る.少し急な登り坂になる.坂道を登った左手にある本龍寺に,15時13分,到着する.
 境内に入る.賽銭箱の両側に小さな兎の彫刻が置いてある.この兎が可愛かったので,ちょっとばかり賽銭をはずむ.
 
<本龍寺橋>                                <本龍寺の兎の賽銭箱>

■本龍寺
 本龍寺を詣でる.ここは輪番八ヶ寺の一つ.山号は,勿論,龍口山.
 資料1(p.180)によると,日行が乾元元年(1302年)開山.当初,山号は与蓮山だったが八ヶ寺になってから龍口山になった.なお日行は法源寺も開山している.ここに比企大学三郎高家の墓があるという.
 本堂左手前に,4体の菩薩(?)が雲に乗って降りてくるところを彫った立派な石塔が立っている(写真左下).素晴らしい彫刻なので,思わず見とれる.
 また,本堂軒下に飾られている龍の彫刻も豪華で素晴らしい.鎌倉で龍の彫刻といえば大町の上行寺にある甚五郎作といわれる龍の彫刻が有名だが,私の素人眼には,本龍寺の龍は,上行寺の龍に勝るとも劣らないような気がする.勿論,これは素人の私の感想だから,極めて当てにならない話である. 

<欄間の龍が素晴らしい本龍寺本堂>

■勧行寺
 本龍寺から住宅地内の細い道を南へ歩く.ごくなだらかな登り坂である.すぐに三差路に突き当たる.この三差路を左に曲がって,15時20分,勧行寺に到着する.
 入口に「龍口山勧行寺」と書いた石碑が立っている.
 ”あれ,ここは裏口かな…”
と訝りながら境内に入ると,右手に本堂が建っている.ここは龍口寺輪番八ヶ寺の一つである.したがって山号は龍口山である.本堂の前に子どもの遊具が置かれているのが微笑ましい.
 この辺りには沢山のお寺が入り組んでいて,少々分かりずらい所である.事前に下調べをしていない私は,半ば山勘で歩いているが,どうやら,今のところは間違いなく歩いているようである.
 資料1(p.179)によると,日実が嘉元元年(1303年)に開山した寺である.
 本堂に向かって左手奥に真っ白な仏像が祀られているが,この仏様がどなたなのか浅学の私には分からない. 
 
<勧行寺>                                              <勧行寺の仏像>

■妙典寺
 勧行寺の前の登り坂を少し先まで歩いて,15時23分,妙典寺に到着する.境内はそれほど広くはないが,立派な本堂が建っている.本堂裏手に見える高い石垣の上までお墓が並んでいる.
 境内で参拝をしていると,どこからともなく中年のご婦人が現れる.どうやらこのお寺の方のようである.
 「…宗派を問わないので,お墓いかがですか…」
と私達にPRする.
 「残念! 私,鎌倉に住んでいますが,近くの○○寺の墓を入手してしまいました…」
 資料1(p.179)によると,日蓮の弟子,天日が正和2年(1313年)開山した寺である.
 「あの石垣の上の墓地も,妙典寺山ですか…?」
と誰かが伺う.
 「あそこは,万福寺さんの墓地ですよ…内の墓地はこの裏手ですよ,見ていきませんか…」
とのこと.
 本堂前に黒光りする立派な大国様が祀られている.

<妙典寺>

■東漸寺
 妙典寺を出て,右手に向かって歩く.
 15時27分,東漸寺の立派な山門に到着する.薬医門と呼ばれる形式の門である(冒頭の写真).
 妙典寺も輪番八ヶ寺の一つである,したがって山号は龍口山である.
 資料1(p.180)によると,日東が正平7年(1352年)に開山した寺である.腰越駅近くにある諏訪神社は,この寺の境内にあったという.また,この辺りの谷戸が昔の腰越の中心地だったとのことである.

<東漸寺>

■ネコ沢山の本成寺
 東漸寺から南へ少し移動して,15時35分,本成寺に到着する.ここも輪番八ヶ寺の一つである.したがって山号は龍口山.
 資料1(p.179)によると,日蓮の弟子,日賢が延慶2年(1309年)に開山した寺である.境内に経一稲荷が祀られている.
 丁度,餌が貰える時間らしく,参道のあちこちに10匹ほどのネコが居る.どうやら飼い猫ではなさそう.どのネコも人なつこさがない.

<本成寺>

<腰越・小動岬を歩く>

■狭い路地を抜ける
 今回は時間が押しているので,万福寺を見学するだけの十分な時間がないので,万福寺はまたの機会に…ということで参拝は省略する.
 ”それでは…”
ということで小冒険をすることにする.
 目の前に側溝に蓋を被せただけの狭い通路がある.この通路が袋小路なのか,それとも先へ抜けられるのか良く分からないが,方向的には南に向かっているので,
 「…行きましょう…」
と一同を促す.
 少々躊躇う方も居られるが,とにかく歩いてみたい.
 「FHさんは,こう言うところが好きですね…」
と誰かに言われてしまう.
 ”ハイ…好きです”

<狭い路地を抜ける>

■浄泉寺
 路地を抜けると,自動車道に出る.自動車道の向こうに浄泉寺の裏門が見えている.近くに横断歩道がないので,左右に注意しながら道路を横断する.
 15時40分,裏門から浄泉寺境内に入る.
  ここは真言宗の寺である.
 資料1(p.177)によると,開山は空海と伝えられる.中興開山は元秀(弘治4年(1558年)歿).赤い山門が有名である.
 元弘3年(1333年),新田義貞が鎌倉攻めのとき八王子社に奉納した剱がこの寺に保存されていたこともあったという.この寺で開校されていた発蒙学舎が腰越小学校の前身. 

<浄泉寺>

■小動神社
 浄泉寺前の自動車道を横断して,15時44分,小動神社に到着する.
 資料1(p.176)によれば,江ノ島を訪れた佐々木盛綱が,境内の美しい松に魅せられて,近江の国の八王子宮を勧請したのが,この神社の始まりだという.また,新田義貞が鎌倉攻めのときに戦勝祈願をして,社殿を再興した.明治の神仏分離で小動神社と改称し,腰越地区の鎮守となった.

<小動神社>

■腰越港
 小動神社の展望台から腰越港を眺めながら,15時55分まで休憩を取る.
 休憩後,小動神社を出てから腰越港に向かう.
 15時58分,腰越橋を渡る.
 
<小動神社展望台から腰越漁港を見下ろす>             <腰越橋を渡る>

<フィナーレは懇親会>

■腰越のCOCO'S
 16時00分,腰越のCOCO'Sに到着する.ここで解散.予定通りドンピタリの時間での解散である.
 でも全員が懇親会に参加する.店内に入る.店内は,予想よりは,空いている.待たされることなく,全員が座れる場所に着席する.私が注文したのはメニューの中で安さ10傑に入りそうなナントカ(名前忘れた)というスイーツである.この程度の量なら2~3口で終わってしまう.
 後は,暫くの間,雑談.この雑談が楽しい.雑談の内容が絵や山のグループとは大きく違うのがまた一興である.
 今月末には,このグループの皆様方と2泊3日の善光寺街道歩きに出かける予定である.
 
<腰越のCOCO'S>                             <私の注文>

■無事帰宅
 17時20分頃解散.
 小田急片瀬江ノ島駅に向かうグループと湘南モノレール湘南江ノ島駅に向かうグルーと二分かれる.
 私は湘南モノレールグループ3人と一緒に湘南モノレール駅に向かう.
 私は途中の湘南○○駅で下車.登り坂を10分ほど歩いて,無事,帰宅する.
 ”ヤレヤレ…やっと終わった.精神的に草臥れ果てた…”
というのが率直な感想である.
 ともあれ,無事に鎌倉案内ができたので,本当に良かったナと思っている.

<ラップタイム>

 9:30  大船駅歩きだし
 9:38  玉縄首塚
10:20  武田薬品前(10:25まで衣服調整)
10:25  兜松
10:33  御霊神社(10:42まで参拝・見学)
11:05  国道(県道32?)号線
11:39  片瀬山北公園(12:15まで昼食)
12:29  江ノ島古道
12:31  馬喰橋
12:45  岩屋不動尊(12:51まで参拝)
13:04  片瀬小学校前
13:07  江ノ島道標
13:09  泉蔵寺
13:18  諏訪神社上社(12:23まで参拝見学)
13:27  諏訪神社下社(13:35まで参拝休憩)
13:41  密蔵寺(13:47まで参拝)
13:48  江ノ島道標
13:55  西行歌碑
13:57  道に屋根のある八百屋
13:59  常立寺
14:09  本蓮寺
14:16  湘南モノレール湘南江ノ島駅
14:21  龍口寺
14:27  法源寺
14:48  法善院
14:50  観音堂
15:08  本行寺
15:13  本龍寺
15:20  勧行寺
15:23  妙典寺
15:27  東漸寺
15:35  本成寺
15:40  浄泉寺
15:44  小動神社
16:00  腰越COCO'Sで解散

[ウォーキング記録]

■水平歩行距離          12.6km

■累積登攀高度                     205m

■累積下降高度                     208m

■所要時間(休憩時間込み)
 大船駅発                    9:30
 腰越着                      16:00
 (所要時間)            6時間30分(6.5h)
 水平歩行速度        12.6km/6.5h=1.94km/h

[参考資料]
資料1;鎌倉市教育センター(編),2009,『かまくら子ども風土記』鎌倉市教育委員会
資料2;鎌倉市史編纂委員会(編),1959,『鎌倉市史社寺編』鎌倉市
                                   (おわり)
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(なし)

 


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