お盆休み特集 昭和を振り返る;第8話;難行苦行の汽車通
(2017年8月22日記)
戦争末期から戦後のしばらくの間の汽車通学は難行苦行の連続だった.
ただでさえ運行本数が少ないのに,国全体が疲弊してくるにつれて,ますます本数が少なくなるだけでなく,客車もなくなり,初先ほどまで牛や馬が乗っていた貨車や,石炭などを運ぶ無蓋車が客車代わりに使われこともしばしばだった.
ときには,貨車に残った馬糞に石灰らしきものが掛けてあるだけのところに寿司詰めになるほど乗り込むこともあった.
戦争末期には,学生でも定期券はなく,駅ごとに発券枚数が制限されるようになった.その頃は家族総出で出札口に並んで切符を買い求める日々が続いた.もう学生もヘッタクリもないほど,まるで地獄のような交通事情だった.
汽車は何時も満員.デッキに数名の人がぶら下がる.機関車の炭水車の上や機関車の先頭にへばりついて通学するのが当たり前であった.満席の客車への出入りは窓からというのもありふれた光景だった.当然,列車から淵落とされて死亡する人も多かったが,当時は新聞種にもならなかった.
こんなひどい状態で,よくもまあ通学し続けたものだと,今になって感心する.
当時の親御さんは,我が子がこんな危ない状態で通学していても,平然としていたから凄い.最近のように一寸した不具合があっても列車を停めてしまうようになったのは,一体いつ頃からだったろう.
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当時の信越本線の花形機関車は,D50とD51.小海線は私が幼少の頃はガソリン車だったが,何時の頃からか女医記機関車のC11が客車を牽引していた.
終戦後,暫くすると,世の中が少し落ち着いてきて,貨車で通学することはなくなったが,肝心の客車には空襲で割れてしまった窓ガラスの代わりに窓が板戸の車両も多かった.板戸では光が通らないので窓の真ん中に一寸した採光穴が開けてあった.
中学1年生は1両目の前のデッキから乗車する.2年生になると1両目の後ろのデッキから.以下高学年になるほど後ろの車両に移動する.書き忘れたが当時の中学の生徒は男性だけ.女性は女学校に通っていた.
女学校の生徒は,1年生が最後尾車両の一番後ろのデッキから乗降する.2年生は一番後ろの車両の前デッキ.この順で高学年になるにつれて前の車両に移っていく.
当時の列車が何両編成だったか,正確には覚えていないが,多分,5~6両編成だったと思う.とにかくこの流儀で汽車に乗っていると,高学年の男女はほぼ同じ車両に乗ることになる.
私たちの世代は,「男女七歳にして席を同じゅうせず」という思想を植え付けら得ていた.だからちょっとばかり色気がつき始めた一年生にとっては,女学生にほのかなあこがれを持っている.そんなこともあって,早く高学年になって,女学生と同じ車両に乗りたいなと思っていた.
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戦後暫くすると,世相もだんだんと落ち着いてくる.
片田舎の上田市にも,進駐軍が現れるようになった.戦争中にたたき込まれた鬼畜米英もとっくに忘れてしまう.そして,進駐軍の後を追って,
”Give me チョコレート!”
をやらかす.
それも見た予科練帰りの硬派や神国大日本帝国を支えてきた人たちは,節操のない私たちの世代を虚無的は焼け跡派だと卑下する.
おっと,話題を汽車に戻そう.
その頃になると,機関車の後ろに進駐軍専用の車両が1両連結されるようになる.窓の下に水色に塗られた帯がついている車両である.今風に言えばグリーン車である.
後ろの車両は鰯の缶詰のように超満員なのに,この特別車両にはせいぜい2~3人しか乗っていない.
私たちは内心では,”コンチクショウ…”と思っている.
あるとき,この特別車両から紅毛の少年が窓を開けて,私たちを見下ろしている.私たちの心の中にメラメラと敵愾心が湧いてくる.
「日本語が通じないって良いな…」
と言いながら,私たちは特別車両の乗客の悪口を言う.
すると,その紅毛の少年が.
「何言っているんだよ,日本語分かるよ…」
と完璧な日本語で私たちに言い返す.
しばらくの間,私たちはこの悪口のことで,米兵に捕まって殺されるのではないかと随分心配していた.
(第8話おわり)
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