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Channel: 中高年の山旅三昧(その2)
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ノルウェー紀行;第10日目;オスロ観光(5);手工芸博物館から船着場へ

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                        <船着場前を路面電車が走る>
 
    ノルウェー紀行;第10日目;オスロ観光(5);手工芸博物館から船着場へ
           (アルパインツアー)
      2013年8月19日(月)〜8月30日(金)

第10日目;2013年8月28日(水)(つづき) 晴

<ルート地図>

■オスロ全体図


                        ↓
■手工芸博物館・船着場周辺          拡大図


<手工芸美術館>

■散々道に迷う
 15時57分にムンク博物館を出た私たちは,ここでホテル直帰組とナイトクルーズ組の二手に分かれる.私はいろいろな成り行きでナイトクルーズ組に入る…正直な所,少々面倒臭いなという印象があるが,まあ,いいかで,ナイトクルース組に入っている.
 ナイトクルースの集合時間まで,まだ中途半端な時間がある.たまたま同行するTBさんが,手工芸博物館を見たいというので,どこといって特に行きたい所もない私は,TBさんに同行して,まあ,手工芸博物館にでもご一緒しようという気になる.結局は4人一緒に行動することになる.
 先ほど下車した地下鉄駅トーエンから地下鉄に乗車する.そして,16時19分にナショナルシアター駅に到着する.
 ここからは,たまたまお二人が持参した日本の案内書に掲載されている地図が頼りである.ところが,この地図が不正確なのか,分かりにくいのか,途中でとにかく迷いに迷う.
 この地図を眺めながら,
 ”大きな寺院に向かって左側の道を登るんです…ということで,それらしいところへ行ってみるが,何処にあるか分からない.この辺りに至る所に寺院が建っていて,寺院の脇の道と言ってもどこの寺院か分からない.
 通りすがりの方に,たどたどしい英語で,
 「手工芸を展示している博物館はどこ…?」
と伺うが,どうも直ぐにはピンと来る返事が返ってこない.それにしても.この辺りには実に多くの寺院が建ち並んでいる.
 道には迷っているが,素晴らしい寺院が建ち並んでいる様子は,実に素晴らしい.
 あっちでもない,こっちでもないと随分迷った揚げ句,10時40分に手工芸美術館(The Hand Craft Museum)に到着する.
 
<素晴らしい寺院が建ち並ぶ>

■手工芸美術館でトイレ
 漸く探し当てた手工芸美術館の建物は,如何にも由緒ありそうな素晴らしい建物である.
 日本で発行されたガイドブックには,この美術館の閉館時間は17時00分になっている.今,16時40分.まだ20分ほど時間がある.それならば,一通りの展示物は見学できそうである.
 私たちは,直ぐに美術館の受付に向かう.
 すると入口に居る2〜3人の係員が,
 「もう,今日は閉館です…」
とニベもない.
 「でも,閉館は17時じゃないですか…」
と言うが,首を横に振るだけで,とりつく島がない.
 じゃあ〜仕方がない.せめてトイレだけは拝借したい.何人かの同行者が,地下1会のトイレに駆け込む.私も大きい方を利用したかったので,釣られるようにしてトイレに駆け込む. 
 トイレに入って,1分もしないうちに,誰かが激しくトイレの扉を叩く.何事かと思ったら,どうやら先ほどの係員が,
 「早く要事を済ませろ…」
と催促しているらしい.
 ”てめえら…随分と融通が利かないな…”
と腹立たしく思うが,そこはお国柄.係員は一刻も早く家に帰りたいんだろう.
 あわててトイレを済ませて,1階に駆け戻る.私と同じようにトイレに行っていた女性も,やっぱり扉を叩かれたと言いながら1階に戻る.
 私たちが外へ出ると,待ちかねていたかのように閉館する.

<手工芸美術館>

<ブラブラと坂道を下る>

■賑やかな通りを通過する
 手工芸博物館から外へ出る.でも,散々迷った末にここに辿り着いたので,自分たちが,オスロ市内のどの辺りに居るのかが,今ひとつ正確には分からない.
 ”まあ,いいや…港は低い所にあるから,坂を下っていけば間違いない”
ということで,適当に坂道を下る.
 ところが坂道を下りはじめてから,ほんの2〜3分経った所で,直ぐ目の前に国立ギャラリーの建物があるのに気がつく.つい数時間前に関内を見学した所だ.
 ”なあ〜んだ! 国立ギャラリーの直ぐ近くだったんだ…”
 これで,自分たちが今居る場所が正確に分かった.もう一安心である.
 ここで,お一人が本屋などを立ち読みしながらノンビリ歩きたいという.
 ”それでは,船着場で落ち合いましょう”
ということで解散…とはいっても,残りの4人は,特に1人になってしたいこともないので,そのまま惰性で一緒に歩く.
 17時12分,地下鉄ナショナルシアター駅付近に到着する.この辺りは,さすがにオスロの中心街である.沢山の観光客で賑わっている.

<地下鉄ナショナルシアター駅付近の賑わい>

■再びシティホールへ
 17時18分,見覚えのあるシティホール前に到着する.このシティホールの向こう側が船着場である.ここまで来ればしめたもの.
 まだ,まだ,時間があるので,このまま船着場へ行ったんでは,時間を持て余す.どうしよう?
 
<シティホール前に到着>                                                    <シティホール脇でウインドウショッピング>

■商店街でウインドウショッピング
 まだ遊覧船出航まで時間がある.そこで,シティホールに向かって右手の商店街へ,ウインドウショッピングに出かける.
 お店を数軒廻ってみる.どの店も大体同じような土産品を売っている.特段に買いたいものもないし,第一,どの品も日本円に換算してみると目の玉が跳びである.とてもではないが,サンデー毎日氏の手が及ぶ範囲ではない.だから,例え目に止まるものがあっても,端から買う気はない.
  
<土産店をハシゴする>

<美味しいコーヒー>

■何となく魅力的なコーヒー店
 商店街の一角に,何となく気になるコーヒー屋を見つける.
 入口の看板に画いてある”The Fragrance of the COFFEE”という謳い文句が私をその気にさせる.とにかく定冠詞が付いた"the COFFEE"である.この店オリジナルなコーヒーが期待できそうである.
 看板の上の方に小さな字で,主なコーヒー産出国(地域)の名前が並んでいる.
 そういえば,数年前にキリマンジャロ山に登ったときのこと.私は”キリマンジャロ”という銘柄のコーヒーは,てっきりキリマンジャロ山の周辺でしか買えないものと思い込んでいた.下山後,”キリマンジャロ”コーヒーの豆を買いたくて探し回ったが,結局,キリマンジャロ山の山麓では手に入らなかった…後で私は笑いものになった.そんな苦くてハズカシイことを思い出す.
 それはともかく,
 「まだ,時間があるから,コーヒーでも飲みながら,一休みしましょう…」
と皆さんをコーヒーブレークにお誘いする.勿論皆さんも快諾.
 日本円に換算すると,コーヒー1杯が700〜800円,ちょっと高いが…

<気になるコーヒー屋の看板>

■美味しいコーヒー
 店内に入る.こぢんまりとした店である.同行の皆様それぞれが思い思いの品を注文する.
 さすがに,コーヒー専門店だけあって,品数は実に豊富である.それに,小さなドンブリぐらいの大きさのカップに並々のボリュームである.
 ”スゲーな! これは…”
 味も上々大満足.
 
<ボリューム満点だ!>                            <ご同行の皆様も大満足の様子>

<船着場に到着>

■船着場で集合
 17時53分,コーヒー店から外へ出る.そして,18時丁度に船着場に到着する.ここで,手工芸美術館付近で自由行動をしていたお一人と合流する.
 乗船時間まで,まだ大分時間があるので,船着場の周りをウロウロする.

<船着場に到着>

■格好良い路面電車
 船着場前の広場に路面電車の軌条がある.広軌のようである.石畳で覆われた軌条を見ていると,昔の都電や,学生時代を過ごした仙台の市電を思い出す.懐かしい.そう言えば私が東京で就職したばかりの頃は,至る所に都電が走っていたな.それに国電キップの自動販売機は,10円入れてからレバーを下にドッコイショと押し下げる代物だったな…10円で東京駅から中野辺りまで乗れたな…などと,敗戦色が濃厚に残っている昭和を思い出す.でも,そんな昔のことは,同行の皆さんに話した所で,分からないだろうし,むなしいことだ.私は自分の胸の内だけで,軌条からそんな昔のことを連想する.
 丁度そのとき,綺麗な路面電車が,轟々と車輪を軋ませながら走っていく.
 ”格好良いな…この市電は”
 昔,列車マニアだった私は,電車の写真を撮りながら,一人,胸を弾ませる.
 ”よぉ〜しっ…! (ホテルへの)帰りは,絶対にこの市電に乗るぞ!”
と私は心の中で決めてしまう.
 
<船着場前の路面電車軌条>                                         <格好いい電車>
                                         (つづく)  

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http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/2ff4a179bd39108314d28a1eea3eb712
後の記事
(編集中)


初冬の紅葉と富士山を愛でる丹沢:塔ノ岳(今年51回目)

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                        <堀山の家夫人の紅葉>

      初冬の紅葉と富士山を愛でる丹沢:塔ノ岳(今年51回目)
             (ご常連と一緒に登る)
          2013年11月13日(水) 快晴

■朝焼けの富士山
 この所,急に寒くなったような気がする.
 今朝も何時もの通り,3時半頃目覚めたが,滅法寒くて,なかなか寝床から出られない.毎度のことながら,寝床の中で丹沢へ”行く”,”行かない”の葛藤が波のように寄せては返す.まあ,有り体に言えば,”行く”と”行かない”の比率が51対49の僅差で”行く”が優位になる.
 でも今日は水曜日,電車は平日ダイアである…ということは小田原駅で階段2段跳び乗換という煩わしさがある.
 この年になると,階段二段跳びのような煩わしいことが,余計に煩わしく感じるようになる.私は,この煩わしさを避けるために,何時もより1時間も早い4時10分に自宅を出て,大船駅まで歩くことにする.私の家から大船駅までの歩程は約2.5キロメートルである.真っ暗な街中を歩くのはいささか心細いが,歩いている内に,次第に気分がシャキッとしてくる.
 小田原には6時前に到着する.このまま小田急電鉄に乗り換えたのでは時間が早すぎる.このまま渋沢駅へ行ったのでは,寒い中,手持ち無沙汰になってしまう.そこで,小田原駅で,わざと1電車遅らせることにする.
 まだ速い時間なので電車は空いている,それに,今日は久々の良い天気である.例によって,新松田手前で富士山と矢倉岳が出会う写真を撮ろうと思う.でも,ついつい余計なことをあれこれ考えている内に,電車は撮影スポットを通過してしまう.それに気がついて,
 ”しまったっ!”
 でも,朝焼けに赤く輝く富士山が見えているので,機嫌を直して富士山のヤケクソ写真を撮る.下の写真が,このヤケクソ写真である.
 車窓から外の風景を眺めていると,辺り一面に霜が降りているのに気がつく.この辺りは,少し内陸に入っているためか,海に近い鎌倉辺りに比較すると,随分寒そうである.

<朝焼けの富士山>

■“陽だまり”の散策路
 渋沢発大倉行1番バスは,平日にしては混雑している.ご常連も沢山乗車している.韋駄天のNMさんとSTさん,デイリークライマーのTGさん,俊足のUMさん,TDさん,NMさん,YUさんなどのご常連の顔が見える.
 バスは7時前に大倉に到着する.
 バスが到着すると同時にNMさん,STさんの俊足組は塔ノ岳に向けて歩き出す.
 私は,7時07分に,
 “ウオームアップのストレッチが一寸足りないな…”
と思いながら,たまたま居合わせたTGさん,NMさんと一緒に大倉から歩き出す.
 私など,このお二人の歩行速度には,到底,及ばないので,
 「お先にどうぞ…」
とへりくだるが.お二人とも,
 「今日は.ゆっくりのぼりましょう…」
と仰るの.それならば,楽しくご一緒させて貰うことにする.
 ご常連のTDさん,MTさん,YUさんは,私たちより先に歩き出したようである.
 終始私のスローペースで,8時02分に見晴茶屋を通過する.すぐに,見晴階段に差し掛かる.私は見晴階段のような急勾配の所が苦手だ.苦手な所は,あくまで,スロー,スローである.多分私は,
 ”スロー,スロー,クイック,クイック,…”
で,お二人に置いて行かれるだろうと予想する.
 ところがご同行の皆さんは紳士淑女である.有り難いことに,終始私の“スロー,スロー”ペースにお付き合い頂く.
 やがて駒止階段に差し掛かる.ここも私の鬼門のヶ所.多分,ここでもお二人にご一緒して頂く.
 8時15分,駒止茶屋を通過する.大倉を歩き出してから,1時間08分経過している.
 「何時もより,10分ほど遅いですね…」
とTGさんが独り言のように言う.
 最近の私の体力では,大倉から駒止茶屋まで,1時間05分程度で歩くのが,穏当な努力目標だろうと思っている.もっとも,4〜5年前までは,駒止茶屋まで1時間で歩くのを目標にしていた.もし,駒止茶屋を1時間程度で通過すれば,塔ノ岳までの所要時間は.2時間15分前後になる筈である.今の私には,到底,無理! 無理!
 3人揃って,堀山の尾根に差し掛かる.
 今日は上々の天気である.この辺りは,心地よい陽だまりの散策路である.
 「…今日は,(折角の天気だから)写真を沢山撮りながらゆっくり登りましょう…」
とTGさんがいう.勿論,異論などあるはずもない.大賛成である.

<心地よい散策路;堀山の尾根>

■富士山に出会えた!
 やがて富士山が良く見える場所に到着する.
 この頃,“見えない富士山の写真”を毎回撮っている.でも,今日は富士山がバッチリ良く見えている.折角だから,ばっちり時間を取って,富士山の写真を撮りまくる.
 私のバカカメラでも富士山がそれなりに写ったので,私は大満足である.
 8時25分,堀山を通過する.ここからは,緩やかな下り坂.スピードが出やすい所である.逆に下山のときは,この長い坂道が恨めしくなる所である.

<堀山からの富士山>

■堀山の家
 8時31分,堀山の家(小草平)に到着する.
 ここからも富士山が良く見えている.
 「…ここからの(富士山の)写真を撮りましょう…」
ということで,小草平で1〜2分,休憩を取る.
 小草平の紅葉をバックに,同行のお二人の写真を撮る.あまりに格好良かったので…

<小草平で紅葉をバックに…>

■富士山が良く見えているのに…
 小草平からの富士山を,実に5〜6枚もの写真を撮る.
 デジカメを空に向けたり,森のあわせたり,さまざまな条件で,沢山の写真を撮ってみる.でもろくでもない写真しか撮れない.
 “このバカカメラめ!テメエなんか早くぶっ壊れてしまえ…!”
 私はヤケクソである.
 同行のTGさんのデジカメでは,富士山がとてもよく写っているが.
 俗に“飼い犬は主人に似る”という言い伝えがある.これを敷衍すると“カメラは持ち主に似る”ってことかな? 何れにしても,このバカカメラにはお手上げだ.

<富士山が良く見えているのに…>

■紅葉を楽しみながら登る
 堀山の家から花立山荘まで,私が目標にしている所要時間は40分である.同行頂いているお二人には“かったるく”感じる遅速に違いない.
 「私,花立山荘まで40分掛けてユックリ登ります…お先にどうぞ」
 でも,お二人もユックリ登られるとのことなので,さらにこの先もご一緒していただく.
 堀山の家を過ぎた辺りの紅葉が見頃で,実に綺麗である.私は,ときどき左右や後ろを振り返りながら,見頃の紅葉を楽しむ.

<堀山の家付近の紅葉>

■萱場平で一休み
 私は自分の経済速度で登り続ける.私のすぐ後ろにNMさんが居られる.
 “私が遅速なので,(NMさんは)ざぞかしイライラしているだろうな…”
と想像しながら…
 8時53分,萱場平に到着する.
 「あれ〜っ! TGさんが居ない…どうしたんだろう?」
 私たちは,TGさんが居られないのに初めて気がつく.
 「少し待ちましょう…」
 …ということで,ベンチに座り込んで,TGさんの到着を待つ.
 ほんの2〜3分待った所で,TGさんが現れる.
 「途中で,30〜40枚の写真と撮っていましたんで,遅くなっちゃいました」
とのこと.
 “私も,お付き合いして,もっと沢山写真を撮れば良かったのに…”
 休みついでに,NMさんから,オヤツを頂戴する.
 振り返って見ると,萱場平は何時も通過していて,ここで休憩を取るのは,それこそ10年ぶりぐらいだろうか.休憩を取りながら,
 “途中でユックリ休みながら登るのも,実に良いものだ”
と改めて思う.
 私の心の奥底に住み着いているもう一人の私が,
 “登山も人生と同じだ.お前さんも,スローライフっていう言葉知っているだろう…お前さんはアスリートではなく,平凡なオッサンだろう.そうしたら,速く登ろうとするのは死に急ぐと同じじゃないか…”
と私を諭す.そんなこと,理屈の上では良く分かっているんだが,目の前に人が居れば追い越したくなるし,追い越されれば癪に障る…こんな「煩悩」が,いくら馬齢を重ねても,ついつい頭をもたげるから,本当に困ったものである.

<萱場平>

■後7分坂の富士山
 後7分坂(花立階段)に差し掛かる所で,下山してくる韋駄天のNMさんとすれ違う.何時もは,この坂の階段を3分の2ほど登った所ですれ違うが,今日は坂の“3分の2”だけ遅いところでのすれ違いである.
 後7分坂に到着する.階段の手前から見える富士山の写真を撮る.実に見事で美しい.8合目ぐらいに棚引いている雲の案配もなかなかである.早速写真タイムを取る.

<花立階段下から富士山を望む>

■毎度シンドイ後7分坂
 後7分坂を登り始める.
 これまで私と一緒に登っていたお二人が俄然速くなる.到底,私はお二人に付いていけない.お二人と私の間の距離が,ジリッ,ジリッと広がっていく.
 お二人が花立山荘に到着する頃には,私との間に階段20段ほどの差が付いてしまう.
 毎度のことながら,この後7分坂にはウンザリする.

<俄然ピッチが上がる後7分坂>

■花立山荘
 9時20分,花立山荘に到着する.
 私より一寸前に到着したTGさんが山荘前で富士山の写真を撮っている.まだ登山者の姿は全くなく,付近は静まり返っている.
 丁度そのとき,下山してくる韋駄天のSTさんとすれ違う.
 今日の大倉から花立山荘までの所要時間は2時間13分.途中で休憩を取った分だけ所要時間が長くなっている.堀山の家から花立山荘までの所要時間は49分.萱場平で休憩を取ったとはいえ,予定の40分を大分超過している.でも,まあ,いいか.

<花立山荘>

■南アルプスも見える
 花立山荘から塔ノ岳山頂までの所要時間は30分も見れば十分である.辺りの風景を楽しみながら,何枚も写真を撮る.
 9時25分,花立山山頂に到着する.
 山頂の空気は冷涼で澄み切っている.ここからは富士山だけでなく,南アルプスの山々もクッキリと見えている.ここでも写真タイム.
 足許の辺り一面に霜柱が立っている.随分と寒いが,ここで写真を何枚も撮る.

<花立山からの眺望>

■まるで鳥になったようだ
 花立山山頂から,相模湾の方を見渡す.
 相模湾,小田原,真鶴半島方面が良く見える.素晴らしい眺めである.山頂に立つ二人のシルエットが実に良いので,思わず写真を撮る.一寸工夫すれば絵になる構図である.

<花立山山頂から相模湾を見下ろす>

■塔ノ岳山頂
 9時49分,塔ノ岳山頂に到着する.数名の登山客が山頂で休憩を取っている.相変わらず富士山や南アルプスが良く見えている.反対側を見渡すと,大山を初めとする表尾根の山々から,遠くは東京スカイツリーまでハッキリ見えている.
 何時ものように山頂からの写真を撮りまくる.
 山頂の気温はマイナス4.0℃.真冬並みの寒い気温である.
 大倉から塔ノ岳山頂までの所要時間は,2時間47分.途中でかなりユックリ遊んでいたので,まあ,こんな所だろう.

<塔ノ岳山頂から富士山を望む>

■尊仏山荘
 3人揃って尊仏山荘に入る.先着はYUさんと,MTさん.今日の小屋番はW田さん.ネコは隣の小屋の2階で日向ぼっこをしている.
 何時ものように300円也のお茶を所望する.
 暫くすると,私たちより30分遅いバスで来られたTTさんが尊仏山荘に到着する.そして,鍋割山を経由して来られたUMさんも到着する.相変わらず俊足である.
 雑談に花が咲く.UMさんに,
 「…今頃は鹿沼岩山が面白いですよ…」
と紅葉の鹿沼岩山を紹介する.
 若い女性が山荘に入ってくる.何だか落ち着かない様子である.常連ばかりで居づらいのかと思って,
 「どうぞ,ここへお座り下さい…」
と言いながら席を空ける.すると,この女性は,
 「ネコは居ないんですか…」
と小屋番のW田さんに聞く.
 「ネコですか,隣の小屋の窓で日向ぼっこしながら昼寝しています…」
 ネコは本当に気楽で良いなと思う.オレの理想はネコ的生活かな?
 10時35分頃,私たち3人は,そろそろ下山しようと思う.丁度そのとき,つい最近ヒマラヤへ行っていたTZさんが山荘に到着する.
 「これ(ネパールで),100円ですよ…」
と言いながら,裏地付きの編上防寒帽子を披露する.
 こうして山荘は常連の皆さんで大賑わいになる.

<常連で賑わう尊仏山荘>

■ノンビリ下山
 10時40分,塔ノ岳山頂から下山開始.私たちが山頂に到着してから50分ほどの間に,山頂で休憩を取っている登山客が随分と多くなっている.
 山頂はとにかく寒い.防寒具を着たまま下山し続ける.でも,花立山荘まで下れば暖かくなるのが分かっているので,かなり速い速度で下り続ける.
 途中,花立山山頂からの眺望だけは,寒さを我慢して,存分に楽しむ(下の写真).茫洋と光る海が,如何にも冬の到来を実感させてくれる.

<茫洋と光る相模湾>

■重い荷物を背負ったチャンピョンとすれ違う
 花立山荘を経て,しばらく下った所で,10分ほど立ち止まる.その間に,後から下山し始めたMTさんとTTさんが私たちに追い付く.
 花立階段を過ぎて,ガレ場を下っているときに,重そうな荷物を背負って登ってくるチャンピョンとすれ違う.どうやら荷物は缶ビールのようである.
 「やあ,やあ,…皆さんお揃いで…」
とチャンピョンが私たちに挨拶する.
 「あら…私がいつも飲んでいる○○ビールだわ.重いの運んでもらって,どうもありがとう」
とNMさんが秀逸な挨拶をする.
 下山途中で衣服調整.防寒具をリュックに仕舞い込む.
 何時の間にか,雲が沸き上がっている.私たちが堀山の尾根を通る頃には,あれほど良く見えていた富士山も,雲間に見えなくなっている.そして,私たちに追い付いたMTさんとTTさんの後ろ姿も,富士山同様に,何時の間にか見えなくなっている.
 こんなに天気が良い日に,急いで下山するのも惜しい.私たちは何時もより少し遅い大倉13時22分発のバスにあわせて下山し続ける.

<チャンピョンとすれ違う>

■塔ノ岳万歳!
 予定通り大倉13時22分発のバスに乗車する.MTさんとTTさんも結局同じバスになる.
 渋沢駅からは,一人旅.小田原駅での接続は余り良くない.さらに,大船駅からのバスの接続も悪い.しかたなく,大船駅ルミネ1階のコーヒー店に立ち寄る.ここはTポイントが付く行きつけの店である.
 15時過ぎに無事帰宅.
 ひと息入れてから,近所の掛かり付けの内科医を訪れる.1週間前に受信した後期高齢者健康診断の結果を伺うためである.プライベートなことなので,具体的数値は書かないが,診断結果は,中性脂肪,各種コレステロール,血糖値など全て正常値.ただ,クレアチンとやらが,標準値ギリギリ.これは腎臓の機能を示す数値だという.
 「ウン…健康状態に問題はないですね,ただ,クレアチンが一寸高めですね.あなたは,山登りをしているようですが,水分を十分にとって脱水症状にならないように注意して下さい…」
という石のコメント.
 いずれにしても,これらの数値は昨年の健康診断のときの値とほぼ同じである.
 でも,まあ,この年になって,まずは健康で過ごせるのは有り難いことである.
 こうして.健康で過ごせるのは,丈夫な身体に生んでくれた両親に感謝することは当然だが,週に1〜2回登っている塔ノ岳にも大いに感謝しなければならないだろう.
 何れにしても,今日も良かった! 良かった!
 “塔ノ岳万歳!”

<コーヒータイム>

<ラップタイム>

 7:07  大倉歩き出し
 7:23  観音茶屋
 8:02  見晴山荘
 8:15  駒止茶屋
 8:31  堀山の家
 9:20  花立山荘
 9:35  金冷シ
 9:49  塔ノ岳山頂着(-4.0℃)
10:40     〃  発
10:50  金冷シ
11:02  花立山荘
11:52  堀山の家
12:08  駒止茶屋
12:30  見晴山荘
12:55  観音茶屋
13:15  大倉着

 [山行記録]

■水平距離       7.0km(片道)

■累積登攀下降高度   1269m

■登攀所要時間(雑談時間を含む)
  大倉   発      7:03
  塔ノ岳  着      9:49
  (所要時間)  2時間46 分(2.88h)
  水平歩行速度   7.0km/2.88h=2.43km/h
  登攀速度    1269m/2.88h=440.6m/h

■下降所要時間(休憩時間を含む)
  塔ノ岳  発      10:40
  大倉   着      13:15
  (所要時間)  2時間35分(2.58h)
  水平歩行速度     7.0km/2.58h=2.71km/h
  下降速度     1269m/2.58h=491.9m/h
                             (おわり)

「丹沢の山旅」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/f98fbf0c2dadd9b343b05cbf7c019f6d
「丹沢の山旅」の次回の記事
(なし)

歩いて巡る甲州道中四十四宿(第7回)予稿集;第7回の概要

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                      ※第7回の概要図(行程は大幅に変更するかもしれません)

       歩いて巡る甲州道中四十四宿(第7回)予稿集:第7回の概要
               (五十三次洛遊会)
      2013年11月16日(土)〜18日(月)

 11月16日から2泊3日の予定で,旅仲間十人余りと一緒に.歩いて巡る甲州道中四十四宿の旅(第7回)に出かけます.今回は石和から塩沢温泉(小淵沢の誓う)まで歩きます.およその行程は冒頭の地図の通りです.
 旅行期間中は,パソコンから完全に離れて,手帳と鉛筆の気儘旅になります.従いまして,その間,当ブログの更新はお休みにします.
 毎度,当ブログにアクセスして頂いている読者の皆さん,どうぞ悪しからずご了承下さい.
              2013年11月15日
                    フラワーヒル拝

「甲州道中」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/0fd791c79580c922643623df37482aed
「甲州道中」の次回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/ec05b7dca446307652e1e9940d3fcaa6
「甲州道中」の索引
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/a622a87fbc7f4454e3e837fc990ece58

※お願い
 この記事はあくまで個人的趣味,仲間との情報共有を目的としたものであり,第三者を読者の対象にはしておりません.
 記事の正確性は保証しかねます.なるべく誤字脱字転換ミスは少なくするように努力しますが,不具合は多々残っているでしょう.これらがご不快に思われる方は,どうぞ当ブログへアクセスしないようにお願いします.

歩いて巡る甲州道中四十四宿(第7回)予稿集:第1日目の概要

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                 ※第1日回の行程は大幅に変更する予定です.

       歩いて巡る甲州道中四十四宿(第7回)予稿集:第1日目の概要
               (五十三次洛遊会)
      2013年11月16日(土)〜18日(月)

第1日目;2013年11月16日(土)

 第1日目は,中央本線石和温泉駅に集合.駅前から歩き出して甲府市内の史跡,以降などを見学しながら,JR塩沢駅近くにあるドラゴンパークまで歩く予定です.
 ただし,状況によっては,甲府市内に沢山ある武田氏に関連する史跡・遺構の見学に時間を取るかもしれません.この場合は,第1日目の終点は,甲府市内にあるワシントンホテルになります.
 第1日目に訪問する宿場は石和宿(江戸日本橋から38番目),甲斐新町(39番目)です. 
 なお,甲府市内オプションコースを歩く場合は,次の地図に示したルートになる予定です.

<甲府市内オプションルート>

「甲州道中」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/0798561d4275385407c347657123388b
「甲州道中」の次回の記事
(旅終了後記入します)
「甲州道中」の索引
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/a622a87fbc7f4454e3e837fc990ece58

※お願い
 この記事はあくまで個人的趣味,仲間との情報共有を目的としたものであり,第三者を読者の対象にはしておりません.
 記事の正確性は保証しかねます.なるべく誤字脱字転換ミスは少なくするように努力しますが,不具合は多々残っているでしょう.これらがご不快に思われる方は,どうぞ当ブログへアクセスしないようにお願いします.

歩いて巡る甲州道中四十四宿(第7回)予稿集:第2日目の概要

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                        ※第2日回の行程は大幅に変更する予定です.

       歩いて巡る甲州道中四十四宿(第7回)予稿集:第2日目の概要
               (五十三次洛遊会)
      2013年11月16日(土)〜18日(月)

第2日目;2013年11月17日(日)

 第2日目は,JR塩沢駅近くにあるドラゴンパークから歩き出して,JR中央本線信濃境近くの塩沢温泉まで歩く予定です.
 第2日目に訪問する宿場は韮崎宿(江戸日本橋から40番目)です. 
 ただし,第1日目に甲府市内の武田氏に関連する史跡・遺構の見学した場合は,第1日目の終点,甲府市内のワシントンホテルから歩き出して,JR中央本線日野春駅近くの万休院が2日目の終点になります.


「甲州道中」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/0798561d4275385407c347657123388b
「甲州道中」の次回の記事
(旅終了後記入します)
「甲州道中」の索引
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歩いて巡る甲州道中四十四宿(第7回)予稿集:第3日目の概要

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                    ※第3日回の行程は大幅に変更する予定です.

       歩いて巡る甲州道中四十四宿(第7回)予稿集:第3日目の概要
               (五十三次洛遊会)
      2013年11月16日(土)〜18日(月)

第3日目;2013年11月18日(月)

 第3日目は,JR塩沢駅近くにあるドラゴンパークから歩き出して,JR中央本線信濃境近くの塩沢温泉まで歩く予定です.
 第3日目に訪問する宿場は台原宿(江戸日本橋から41番目),教来石宿(41番目)です. 
 ただし,第1日目に甲府市内の武田氏に関連する史跡・遺構の見学した場合は,第3日目にこの予稿の第2日目に行程を歩く予定です.したがって,その場合は,第3日目の行程は,次回第8回第1日目の行程に変更します.


「甲州道中」の前回の記事
(旅終了後記入します)
「甲州道中」の次回の記事
(旅終了後記入します)
「甲州道中」の索引
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 記事の正確性は保証しかねます.なるべく誤字脱字転換ミスは少なくするように努力しますが,不具合は多々残っているでしょう.これらがご不快に思われる方は,どうぞ当ブログへアクセスしないようにお願いします

ノルウェー紀行;第10日目;オスロ観光(6);エビに釣られて遊覧船

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                                   <遊覧船の旅>
 
    ノルウェー紀行;第10日目;オスロ観光(6);エビに釣られて遊覧船
           (アルパインツアー)
      2013年8月19日(月)〜8月30日(金)

※お断り
 甲州道中の旅に参加された方へ…
 2013年11月16日(土)〜18日(月)に実施した甲州道中の記事は,資料整理が完了してから順次このブログに掲載します.

第10日目;2013年8月28日(水)(つづき) 晴

<ルート地図>


※実際に私たちが観光したルートとは多少異なるかもしれない.

<遊覧船の名はクリスチーナ>

■遊覧船コースの概要
 船着場付近の商店街でコーヒーやウインドウショッピングをしていた私たちは,そろそろ良い時間になったので,船着場へ向かうことにする.
 私たちが申し込んだ遊覧船が,どの船着場から出港するかが良く分からなくて,少々戸惑ったが,18時20分頃,無事,船着場に到着する.
 私たちがこれから楽しむ遊覧船旅の内容はほぼ次のパンフレットの通りである(そのものズバリのものは手許にないので,類似のものを掲載する).

<船旅の案内書>

■格好いい帆船
 船着場には,姿形の良い帆船が1艘停まっている.
 まだ時間が早いのか,船着場には私たち以外,誰も居ない.
 “アリャ〜っ! 船着場を間違えたかな”
と少々不安になる.
 でも,出港時間の18時30分になると,急に観光客が集まってくる.瞬く間に100人ほどの行列ができる.さまざまな国から観光客が来ているらしく,話している言葉や服装も色とりどりである.ただ,日本人は私たちだけのようである.

<姿,形の良い船>

■船の名はクリスチーナ
 18時27分に乗船開始.
 私たちは全員の乗船券を持っているKSさんの後にキンギョのウンコで続く.
 乗船口近くで,船腹に張られている看板を見ると,この船の名前はクリスチーナ.女性の名前である.
 昔,昔,…英語を習い始めた頃,船は女性扱いなので代名詞は“she”だと教えられが,何とも珍妙だなというのが第一印象だった.日本は“ナントカ丸”なのに…
 でも,そんなことどうでも良いが,このクリスチーナの看板,何ともみすぼらしくなっている.
 “大分,老けた船なんだな…”
と余計なことを連想する.
 私たちは,列の前方だったので,場所取りはどこでも可能である.でも,どこの場所が良いのかサッパリ分からないので,取りあえずは左舷前方で一番景色が良さそうなところに並んで腰掛ける.
 船は観光客で直ぐに一杯になる.

<船の名はクリスチーナ>

■素っ気ない乗船券
 席を取って落ち着いた所で,KSさんから乗船券を見せて貰う.下の写真は5人分の乗船券である.まるでスーパーの領収書のような素っ気ない乗船券である.
 5人纏めて1,679クローネ(約32,000円)である.1人約6,400円.この値段,高いか安いか判断が付かないが,エビ食べ放題の夕食が付いているというので,まあ妥当な金額だと思う.
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<5人分の乗船券;何とも素っ気ない>

■船の甲板は観光客で一杯
 船の形は帆船だが,勿論,この船は風で動くわけではない.ジーゼルエンジンかどうかは知らないが,とにかく動力船である.
 沢山の観光客が,船の甲板のあちこちに席を構える.微風だが冷たい風が海を渡って吹き付ける.結構寒い.

<船の甲板で寛ぐ観光客>

<船上のディナー>

■まずはビールで乾杯
 19時09分,定刻より少々遅れて,私たちを乗せた観光船が出航する.
 早速,KSさんの先導で,まずはビールで乾杯である.平素,アルコール類は,決して自分から進んでは飲まない私だが,今日は何といってもノルウェーの旅の最終日である.そうと決まったら下戸の私だって,中ジョッキ1杯ぐらいのビールなら,まあ,お付き合いしても良かろう…ということで,
 “乾杯!”.
 でも,一口飲んだ直後は,腹の中から冷え込んでしまう.寒くて堪らないので,船に備え付けの毛布を借りて,背中から羽織る.

<ビールで乾杯>

■大量のエビを堪能する
 やがて食べ放題のエビが提供される.
 甲板から階段を下りて船室に入ると,大きなテーブルが数台置かれている.その上にゆでたエビを大量に盛り合わせた入れ物が並んでいる.ここから好きなだけエビを取り分けて,勝手に食べるという仕組みである.もちろん主食はパンである.
 新鮮なエビは実に美味しい…が,自分の胃腸と相談しながら食べないと,腹をこわさないかと心配になる.それでも美味しいエビに釣られて,正にタイ状態である.とにかく,食い気に負けて,エビをたらふく平らげる.それも,1年分ぐらい“たらふく”食べてしまう.

<エビは食べ放題>

<船上からの風景>

■立派な協会
 エビを食べながら,辺りの風景を眺める.
 私には土地勘がないので,一体,何を見ているのか正確には分からないが,出港してすぐに進行方向左手に大きなお城が見えている.地図で確かめると,AKERSHUS FORTRES & CASTLEと書いてある.
 この大きな建物,城には違いないが,どんな経緯がある城かは私には全く分からない.

<素晴らしい城が見える>

■小さな島
 続いて小さな島の付近を通る.綺麗な建物が並んでいる.
 また地図で確かめる.どうやらMUSEUM OF NODEDN ARTがあるところらしいが,定かではない.
 ここから船は更に置きの方へと向かう.

<小さな島>

■寒々とした夕景
 大量のエビを食べて,お腹が満腹になると,何となく退屈になる.私たちが乗っている船がどの辺りを航行しているのか分からないが,何時の間にか復路に入っているようである.
 辺りは夕暮れ時になっている.対岸の民家の明かりが輝きを増している.
 急に寒くなり始める.そして私はクルーズに少々飽きてくる.

<日が暮れ始める>

■やっとクルーズが終わる
 観光船の旅も何時の間にか始まってから2時間以上経過している.
 辺りはすっかり暗くなっている.終点の波止場の光がもうすぐそこに見えている.船旅に飽き始めた私は,
 “早く船着場に着かないかな…”
と思っている.6,400円も支払っているのに…
 22時05分,漸く船旅が終わり下船する.
 観光船が出航したのが,19時09分.したがって,約3時間の船旅であった.
 …ということは,1人の料金が6,400円だったので,
  6,400円/3.0h=2,133.3円/時.
 つまり,1時間当たり約2,150円ということは,日本の床屋より1時間当たりの単価は少しばかり安いということになる(もっとも,私は,サンデー毎日になってからは,ほとんどジャストカット1,000円の床屋にしか行かないが…).
 床屋で居眠りをしながらユックリ散髪して貰うのも,とても心地がよい.一方,このクルーズもエビをたらふく食べながら,美しい夕景を楽しむのも心地がよい.さて,1円当たりの心地よさが大きいのは,床屋か,それともエビ付きのクルーズか.どっちだ!
 “ウ〜ン?!…どっちだろう?”
 またしても,私は下らないことを考える.まるで,
 “キンギョとバケツと比較して,どっちが偉いんだ?”
という設問を突きつけられたようなものだ.どだい異質なものを無理矢理比較するなんて馬鹿げている…でも,こういう荒唐無稽なことを考えるのが,また,私には楽しいことだから困ったものだ.
 私の体内のもう一人の私が,
 “妙なことに,お前さんの乏しい脳みそを使うのは止めなさい…ただでさえ,お前さんの脳みそは加齢で腐りかけているんだよ.お前さんの脳みそは,最初から,所詮,B級の信州味噌しか入っていないんだから…”
 “はい…お説の通りで…”
私は下らない比較論を止める.
 
<すっかり暗くなった>

<路面電車でホテルへ>

■路面電車に飛び乗る
 沢山の観光客に混じって,ぞろぞろと下船する.
 「さて,これからホテルまで,どうやって帰りましょうか…?」
 まずは,少々遠いが歩いて帰ることも可能である.また,これまで何回か乗車した経験がある地下鉄でオスロ駅まで乗車するのも順当な手段である.
 丁度そのとき,波止場前の広場にある路面電車の停留所に電車が停まっている.路線12番の電車である.オスロ駅を通る路線である.
 私は咄嗟に,
 「あれ,あの路面電車に乗りましょう…!」
と同行の皆様をけしかける.
 “ウン”も“スン”もない.私は停留所に向けて猛ダッシュを始める.同行の皆さんも私を追いかける.トウネンニドトッテ60歳の私は,腐った脳みそでも,日ごろの塔ノ岳詣でが幸いして,ダントツで路面電車に飛び乗る.そして,後続の仲間に,
 「早く…速く…」
とけしかける.
 一同息を弾ませながら,22時10分,電車に飛び乗る.
 飛び乗ってから,路面電車への乗車方法が分からない…が,後の祭り.
 車内を見回しながら,
 “アリャ…,一体,何処の駅で降りれば良いんだろう? ”
と車内に掲示されている路線図を見ながら思案する.
 “どこの扉から降りるんだろうか…降りるとき合図するボタンでも有るんかな?”
と小声ながらワイワイ.
 私たちの周りに居る乗客が,私たちの仕草を見てニコニコ笑っている.若い男性が,
 「どこから来たの?」
と英語で話しかけてくる.
 「日本からです…」
と答えると,親切に何処のホテルに泊まっているんだ…それならば何処何処で降りればいい…と,とても親切である.どうやら日本人に対して悪感情は持っておられないようである.
 乗客の笑顔に見送られながら,22時20分頃,オスロ駅前の停留所で下車する.

■無事ホテルに戻る
 オスロ駅前から,私たちが宿泊しているホテル「ラディソウブリュプラザ」の建物が見えている.もう迷う心配はない.
 22時25分,無事,ホテルに戻る.

<オスロ最期の夜>

■まずはシャワー
 ホテルの入口で解散.私は真っ直ぐ自分の部屋に戻る.昨夜に引きつづき,今夜も私一人で,勿体ないほど大きな部屋を使っている.日本のビジネスホテルの一人部屋の数倍もある大きな部屋である.
 もう時間も遅いし,夜も更けているので,折角の大きな部屋を堪能する間もなく,とにかくシャワーを浴びる.

■帰国準備そして就寝
 明日はいよいよ帰国である.
 速く就寝したいが,明日の朝バタバタするのもイヤなので,パッキングの最終チェックを,少し念入りに行う.そして,明日は,直ぐにでも出発できるように配慮する.
 23時丁度に就寝.
 今日も良かった! 良かった!

<ラップタイム>

 9:00  ラディソウブリュプラザロビー集合
 9:16  地下鉄オスロ駅(地下鉄乗車)
 9:20  ナショナルシアター駅着
 9:35  シティホール着(9:55まで見学)
 9:58  船着場前
10:20  BYGDY行出航
10:36  BYGDY港着
10:40  コンチキ号博物館・プラム号博物館見学(11:25頃まで)
11:36  バス停BYGDOY発(路線バス・途中で1回乗換)
12:06  バス停ナショナルシアター着
12:15  レストランLUNSMENT着(13:05まで昼食)
13:28  王宮前着(14:00まで衛兵交替式見学)
14:38  国立ギャラリー着(14:45まで見学)
14:55  ナショナルシアター駅着(地下鉄)
15:02  地下鉄トーエン駅着
15:18  ムンク博物館(15:58まで見学)
16:00  解散
16:10  地下鉄トーエン駅発(地下鉄)
16:19  地下鉄ナショナルシアター駅着
16:40  手工芸美術館(16:55発)
17:18  シテイホール前着(付近でウインドウショッピングとコーヒー店)
18:27  観光船に乗船(22:05まで湾内クルーズ)
22:10  路面電車船着場前Aker brygge停留所発(路面電車)
22:20  路面電車オスロ中央駅前停留所着
22:25  ラディソウブリュプラザ着
                                       (つづく)

前の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/1f0820357dc57fcb514575cfd68e31b7
後の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/625faebf531872ef5dd3846a9bc11ad6

ノルウェー紀行;第11日目;帰国(1);コペンハーゲンでトランシット

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                                   <オスロー空港>
 
    ノルウェー紀行;第11日目;帰国(1);コペンハーゲンでトランシット
             (アルパインツアー)
        2013年8月19日(月)〜8月30日(金)

第11日目;2013年8月29日(木) 晴

<ルート地図>





<オスロの朝>

■心地よく目覚める
 いよいよノルウェー滞在11日目の朝である. 11日目ともなると,時差ボケもすっかりなくなり,現地の気候風土にも馴れてきた所だが,残念ながら今日は帰国の日.長いような短いようなノルウェー滞在もいよいよ終わりである.
 幸いなことに,昨夜はグッスリと良く眠れた.そして,5時頃自然に目が覚める.外を眺めると,まだ薄暗くて,十分に夜が明けていない.わずか10日余りの滞在の間に,日の出が随分と遅くなったようである.
 昨日は帰りが遅くなったので,風呂には入らずにシャワーを浴びただけだったので,堂も気分が落ち着かない.そこで,6時頃,バスタブに少し熱めの湯を張って,朝風呂に入る.風呂に入ると,気分がシャキッとする.
 まだ朝食時間まで小一時間もあるので,テレビをオンにして,CNNのニュース番組を見ながら,パッキングの採集チェックを行う.
 “テレビを見ながら”なんて言うと,格好が良い…が,実は英語のヒアリングが苦手な私には,CNNの英語は速すぎてほとんど分からないに等しい.ただ,薄らボンヤリと何が話題になっているかを類推するだけである.沢山のニュースの中で,日本での出来事など,殆どないので.帰国したら,多分,今浦島太郎のような状態になっているかもしれない.これが一寸怖い.
 テレビでの日本関連のニュースで頻繁に取り上げられているのは,「フクシマ」.日本にじぃおうに,世界の眼は福島原発の動静に関心が強いようである.

<早朝のメモ>

■モーニングコーヒーと朝食
 朝食には,まだ,時間がある.
 部屋備え付けのコーヒーを賞味しながら,オスロー出発までの暫しの時間を過ごす.
 6時50分,食堂に赴いて朝食.バイキング形式.
 昨夜のナイトクルーズでたらふく食べたエビが,まだ喉につかえているような気がして,それほどの食欲はない.ゆで卵,ソーセージ少々,小さなトマト2個,それにコーヒー程度で軽く済ませる.
 食堂は沢山の宿泊客で混雑している.窓際の席に一人で座って食事を始めると,長野県から参加したSIさんが私の隣の席に座る.同じ長野県出身という同郷のよしみで,会話が弾む.
 残念ながら,食事のときにカメラを持参するのを忘れてしまったので,オスロにおける最終の食事の写真はない.
 8時頃,朝食を終えて,自分の部屋に戻る.
 
<ホテルの部屋でコーヒーを賞味する>

■暇を持て余す
 朝食を終えて,8時05分,自室へ戻る,
 出発まで,まだ,まだ,時間があるので,“テレビでも見るか…” BBC,CNNなど見るが,英語をハッキリ聞き取る濃緑がないので,放送内容は薄らボンヤリとしか分からない.ただ,画面下のテロップにはFukushimaの字が絶えず流れているので,福島原発のことが,日本で想像している以上に,大きな話題になっていることが分かる.

<オスロ国際空港>

■専用バスで出発
 所在ない長い時間を過ごした後,10時15分にバゲージダウン.
 機内持込のリュックを背負ったまま,テレビを見ながら時間を潰して,10時40分に集合場所のロビーへ降りる.
 既に私たちが乗車する専用バスが到着している.10時55分,専用バスに乗車.すぐに出発する.
 「忘れ物有りませんか…パスポート持っていますか.肩に掛けるポーチなど有りますか…今ならまだ引き返せますよ…」
とツアーリーダーが一同に注意を促す. 

<専用バスで空港へ>

■オスロ国際空港に到着
 11時36分,専用バスはオスロ国際空港に到着する.バスの時計は11時39分を指している.私の時計と3分ほどの誤差がある.
 いよいよノルウェーの旅も終わりになる.
 専用バスから降りて,自分の荷物を自分で引きずりながら,空港内のカウンターへ向かう.
 2人のツアーリーダーが自動チェックインの機械を使って,参加者全員のチェックインをしてくれる.私たちは,面倒な手続きは,すべてツアーリーダーに任せっきり,実に楽だが,これではますます一人旅ができなくなる.
 
<オスロ国際空港着>                             <自動チェックイン>

■空港内待合室
 私たちはオスロ空港13時45分発スカンジナビア航空SK1460便コペンハーゲン行に登場する予定である.
 24番ゲートからの登場である.まだ,搭乗開始まで少し時間があるので,空港内を散策しながら24番ゲートを目指す.

<オスロ空港の待合室>

■一寸したお土産とクローネを円へ
 手許にまだ大分クローネが残っている.というのも,旅行中,倹約をして殆ど何も買わなかったし,余計な飲食もしなかった.
 旅の始めに成田空港内の銀行で35,000円だけクローネに換えたが,旅行中の大きな出費は昨日のクルーズ代だけ.手許には日本円に換算して,2万円ほどのお金が残っている.
 そこで,空港内の免税店で,なにがしかの一寸した土産を自宅と子供達の家に1個ずつ購入することに決める.高いものは買えないし,嵩張るものも困るので,中味がビッシリと詰まっていて重たい感じがするチョコレートを幾つか購入する.これでお土産はおしまい.
 残りの1万数千円を,空港内の銀行で円に交換する.ところがこの銀行が何となく大雑把で,交換で出た端数をどうしたのか分からないが,1万円札1枚と千円札数枚をポンと私に手渡す,交換レートを書いたバウチャーもない,でも,成田に着いてから,ゴタゴタと銀行に立ち寄るのも面倒,それに交換レートにそれほどの差さはないと思うので,ここで円に換えてしまう.
 手許にクローネがなくなると,何となく寂しいような,すっきりしたような気分になる.

<チョコレート>

<コペンハーゲンへ>

■コペンハーゲン行飛行機に搭乗
 12時25分,コペンハーゲン行SK1,460便に搭乗する.
 登場までにセキュリティチェックがあるだけで,出国手続もなく,国内路線の飛行機に搭乗したような感じである.
 飛行機のことは良く分からないが,中央の通路を挟んで3列,3列の客席が並んでいる.比較的小さな飛行機である.私の席は21c.通路側である.かなり後ろの方の席である.
 12時35分,自分の席に座って,やっと落ち着いた気分になる.
 13時578分,私たちが搭乗した飛行機は,オスロ国際空港を離陸する.

■コペンハーゲン空港でトランシット
 14時47分,コペンハーゲン空港に到着する.トランシットの時間が押している.ツアーリーダーから,
 「トランシットの時間がとても短いので,トイレにも行かないで,大急ぎで移動をお願いします」
という注意がある.
 14時50分,ディセンバーグ.
 15時02分,イミグレーション.
 一連の手続きを忙しく終えて,15時15分,コペンハーゲン15時45分発東京(成田)行SK983便に搭乗する.私の席は46B.一番後の通路側の席である.トイレも近いし良い席なので助かる.

<成田空港を目指して>

■コペンハーゲン空港を離陸
 15時50分,東京(成田)行SK983便はコペンハーゲン空港から出発.16時丁度に離陸する.
 暫くして飛行機は水平飛行になる.やっと,落ち着いた気分になる.
 私の席の周囲には,一緒に旅をした皆さんが座っている.私の席の隣も旅行中ずっと一緒だった方である.
 隣同士で雑談をしている内に,この方がマウントエルバートに登頂したときに,私のブログ記事を見ていたとのこと.
 「あの記事を書かれていたのが貴方ですか!…あら,どうしましょう」
と仰る.私も,“あら,どうしましょう”である.

■機内食(夕食)
 17時10分,夕食が始まる.
 食事の内容は下の写真の通りである.チキンがメインである.このパン,結構美味しい.下戸の私の飲み物はスプライト.それにコーヒー.
 パンは結構美味しい.
 30分ほどで夕食を終える.

<機内食>

■夜が更けて
 夕食後,映画を眺めながらボンヤリと時間を過ごす…というより映画を見ながらうたた寝をして時間を過ごす.
 私と同じように時間を持て余したのか,同行のTBさんが私の席の側に立ったまま,10分ほど雑談.所在ない時間を過ごす.
 18時30分頃,キャビンアテンダントの指示で,窓のブラインドを下ろす.畿内は暗くなり,夜モードになる.モニター画面を見ると,飛行機はウラル山脈の西側,地上10,663メートルのところを,時速933キロメートルで飛行している.
 機内の気圧が下がっているためか,やたらにオナラがしたくなる.なるべく音がしないように注意しながら,素知らぬ顔で何発も…でも,不思議なことに殆ど臭気はない.
 21時20分頃,トイレ.
 ウトウトとうたた寝をしている内に,ツアー10日目も機中泊で終わる.
                                      (つづく)

前の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/78896e1383b632434c4378825e332d98
後の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/c4ace96c75f8743d3bdea79824ed3c8c


ノルウェー紀行;第12日目;帰国(2);日本の酷暑に参った!

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                                   <もうすぐ日本だ>
 
    ノルウェー紀行;第12日目;帰国(2);日本の酷暑に参った!
             (アルパインツアー)
        2013年8月19日(月)〜8月30日(金)

第12日目;2013年8月30日(金) 機中泊 猛暑

<長い空の旅>

■夜モードの畿内
 気流の状態が良いらしく,私たちの飛行機は安定して飛んでいる.キャビンアテンダントから窓のブラインドを下ろすように指示されてから,機内は一気に深夜モードに切り替わる.退屈紛れに英語のナレーションの映画を見る.細かいことは全く分からないけれども,映画の大筋は分かる.
 やがて17時を過ぎる.日本(JST)とは時差が7時間あるので,日本時間で言えば,丁度8月29日,ノルウェーの旅の12日目を迎える時間である.急に1日が飛んでしまうのは,毎度のことながら珍妙な気分になるが,地球が丸いから仕方がない.でも,私の体内時計はおいそれと変えられないから困ったものである.
 居眠りをしたり,目覚めたりを繰り返しながら,ただ,ただ,早く成田空港に到着することを願っている.
 
<薄暗い畿内>                                  <後3時間53分のフライトだ>

■気怠く長い空の旅
 モニター画面を見ると,3時37分(JST,以下同じ),飛行機はVester Cyberiann Low Landの上空を飛行している.モニター画面には“Time to Destination 5:33”という表示が出ている.
 “ウヘー…(成田空港まで)まだ5時間半も掛かるのか”
 全くのところウンザリである.
 4時20分頃,トイレに立つ.私の席はトイレ近くにあるので,トイレが空いているところを見計らって,利用することができる.これは長旅のときには大変有り難い.
  4時22分,飛行機はバイカル湖北方を通過中である.この辺りから暫くの間うたた寝をする.
 うたた寝中に,妙な夢を沢山見てしまう.夢のおしまいの方で,私は沢山の学生の前で何か授業をしている.教室の後ろの方に座っている学生達がガヤガヤと私語を交わしているので,うるさい.私はたまりかねて,
 「うるさいぞ! 前の方で熱心に授業を聞いている人に迷惑だぞ…!」
と怒鳴る.
 怒鳴ったと同時に,目が覚める.うるさかったのは,絶えず“ゴーゴー”と音を立てる飛行機のエンジン音だった.私は内心で苦笑する.
 5時20分,モニター画面上の地図で,日本列島が見え始める.地図の上とはいえ,やっと日本の在処が確認できて,無性に嬉しくなる.

 <やっと日本が見え出す>

■機内食(朝食)
 7時32分,畿内の照明が点って明るくなる.今まで夜モードで静かだった畿内にも,“ホッ”としたような雰囲気が漂い始める.
 7時55分,朝食が配られる.パン,ヨーグルト,オレンジジュース,それにコーヒー,紅茶,日本茶だけの簡単な朝食である.
 畿内ではほとんど動いていないので,夕食のときの満腹感がまだ続いているが,出された食事は食べてしまうのが私流.
 結構美味しく頂戴する.
 8時30分に朝食は終わりになる.

<機内食(朝食)>

<成田空港からYCATへ>

■東京(成田)空港に到着
 慌ただしく朝食が終わる.もうすぐ成田空港である.そんなこともあってか,トイレが随分と混雑している.
 9時10分,私たちの飛行機は,無事,成田空港にランディングする.
 9時15分,成田空港到着.
 9時27分,入国審査.殆ど待ち時間なしに通過する.審査官の愛想が良い態度に感激する.
 9時30分,バゲージクレイム.荷物が出てくるまで,少々待たされるが,ツアーリーダーが実にこまめに荷物をピックアップする.
 荷物が出た人から順に流れ解散となる.
 9時38分,私の荷物も無事手許に戻る.

■猛烈な暑さにたじろぐ
 空港ビルから外に出る.猛烈な暑さと湿気にたじろぐ.今日の気温は35℃ほどたという.これまで10〜12℃のノルウェーから,いきなり35℃の酷暑に放り出された私は,かなり強いヒートショックを受ける.
 どうやら今週末に台風がやってくるようである.ツアーリーダーの話によると,この台風の接近によって,今週末に予定されていた剣岳登頂のツアーは中止になったという.
 9時55分,YCAT行のリムジンバスに乗車する.乗車賃はシニア割引とやらで2,000円である.
 バスに乗り込み,窓際の席に座る.
 バスの係員の対応が実にテキパキしているのが嬉しい・
 久々に日本の道路を走る.
 車窓から眺める成田付近の森や林の緑が眼に鮮やかである.また,日本の道路はきちんと整備されているなというんしょうを持つ.やっぱり日本は紛れもなく先進国だなと実感する.

<横須賀線に揺られて帰宅>

■海鮮丼に感激
 私が乗車したリムジンバスは,11時46分,YCATに到着する.
 バスを降りて,重たいスタッフバッグを引きずりながら,地下道を抜けてJR?浜駅に向かう.
 丁度昼時である.最初は自宅までまっすぐ帰るつもりだったが,地下の商店街を歩いている内に,久々に日本食でも味わっていこうかと気が変わる.
 重たいスタッフバッグを引きずっているので,あまり遠くまで行く気はないが,地下の商店街の中で,適当な店に総軍したら,そこへ入ってしまおうと思う.
 近くに勤務しているらしいサラリーマンが沢山歩いている.多分,彼らも昼食を摂りに,地下道へ繰り出しているんだろう.ならば,彼らが向かう先には安くて美味しい店があるに違いない…という理由でサラリーマンが歩く波に乗って,地下道を歩き回る.
 11時55分,駅にほど近い所にある中華ソバ屋の前には,長蛇の列ができている.私は,いくら美味しい店でも,長い列の後ろにくっついて食べるほどの食道楽ではない.列を作らずに,すぐ昼食にありつけそうな店を探す.そして,立食形式の和食屋を見つける.
 立ったまま食べるのはどうも落ち着かないが,まあここは我慢.意を決してこの店に入る.そして海鮮丼を注文する.お値段は? 1,000円札を出して,100円玉を含む幾つかの硬貨をお釣りで貰ったとだけ書いておこう.
 久々の和食である.
 これが実に美味しいんだな〜あ…
 もし私がネコだったら,“ガオン,ガオン,…”と歓喜の越えをあげて食べるに違いない.
 和食は見た目も良いし,味にも深みがある.それに,テキパキとした店員の仕草も素敵である.特に店員の笑顔に救われたような気分になる.
 “日本食万歳! 海鮮丼万歳!”
と心の中で叫びながら,美味しくいただく.

<久々の海鮮丼>

■明るい?浜駅
 12時少し過ぎに食堂を出る.そして,地下道を抜けて,JR?浜駅に向かう.
 駅構内ですれ違う人々の服装が実に清潔感に溢れていて爽やかである.駅構内の照明も実に明るい.蒸し暑いのは玉に瑕だが,それを覗けば実に素晴らしいところである.
 ?浜駅12時24分発横須賀線逗子行の電車に乗車する.車内が実に明るいのに驚く.清潔な電車に,清潔な服を着た人達が乗車している.
 “やっぱり,日本って!…凄いな!”
 これ,偽りのない実感である.
 電車は少し混雑していて座れないが,立っていても別にどうということはない.

■取りあえずはコーヒー
 12時40分,大船駅に到着する.
 重いスタッフバッグを引っ張っての移動だったので,少々草臥れる.とにかく蒸し暑すぎる.
 “よし!…ベッカーズでコーヒーでも賞味しながらひと息入れよう…”
と直ぐに易きに流される.
 ここでも若い店員がハキハキと働いている姿を見て大変感動する.
 “やっぱり日本のお店は感じが良いな…”
と改めて思う.
 私にはコーヒーの味は分からないが,何時も通い慣れているBecker'sのコーヒーを味わうと,心が落ち着く.
 12時05分,becker'sを出る.

■とにかく蒸し暑い! 焦熱地獄だ
 大船駅前から,自宅近くを通る小さなバスを利用して帰るのが一番楽だが,スタッフバックを持ったまま,何時も混雑しているバスに乗車するのも気が引けるので,湘南モノレールを利用する.車内は冷房が利いていて気持ちがよい.
 数分で家への最寄り駅に到着する.モノレールから降りると,また焦熱地獄である.
 湘南モノレール駅から自宅まで約700メートルの坂道を登らなければ成らない.
 余談だが…
 今の場所に家を建てるとき,私もまだ若かった.駅から自宅まで登り坂になっていることなど全く気に留めなかったが,年を重ねる内に,だんだんとこの坂道が億劫になり始める.そして,今では何でこんな高い所に家を造ってしまったんだろうと航海している.
 …ま,それはともかく,メチャメチャ暑い中を,スタッフバッグを引きずりながら坂道をよたよたと登り続ける.荷物がなければ10分程度で歩ける所を,額の汗を拭きながら,12〜13分掛けて登る.

■無事帰宅
 13時42分,何とか無事に帰宅する.体中から滝のような汗が流れている.
 まずはシャワーだ!
 私は浴室に一目散に飛び込んで,汗でベタベタになっている衣類を脱ぎ捨てる.そして,頭からシャワーを浴びる.でも,シャワーを浴びただけでは,蒸し暑さと逆時差ボケから来る倦怠感が取れないので,直ぐに温めの風呂を沸かして,ユックリと風呂に入る.
 その後,スタッフバッグに乱雑に詰め込んだ荷物の中から,衣類だけを引っ張り出して,洗濯篭に放り込む.今日はもう洗濯するのが面倒なので,明日洗濯するつもりである.
 一段落してから,PCの電源をオンにする.未読のメールが数百通貯まっている.
 “こりゃ…だめだ! 読むのは明日にしよう…”
 そう言っては何だが,着信しているメールの半分以上は,多分,読む必要のないものだろうと思う.
 今日は,PCのフォローはヤメタ!!
 今度は,逆時差7時間が身体に堪える.まだまだ明るいのに眠くて,眠くて…それに蒸し暑さが加わって,何とも不快である.
 “とにかく一眠りしよう…”
 こうして,12日間のノルウェーの旅は無事終わった.良かった! 良かった!

<ラップタイム>

第11日目;2013年8月29日(木)
10:55  ラディソンブリュプラザ発(専用バス)
11:36  オスロ国際空港着
12:25        〃   発(スカンジナビア航空コペンハーゲン行SK1469便)
14:47  コペンハーゲン空港着(トランシット)
15:50        〃   発(スカンジナビア航空東京(成田)行SK983便)
第12日目;2013年8月30日(金)   
 9:15  東京(成田)国際空港着
 9:30  流れ解散
                                          (つづく)

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(編集中)


ノルウェー紀行;行動記録の纏め(日程順)

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              ノルウェー紀行;行動記録の纏め(日程順)
                (アルパインツアー)
          2013年8月19日(月)〜8月30日(金)

<行動記録の纏め>

■第1日目;2013年8月19日(月)
(東京(成田)空港からオスロへ)
 ラップタイム
  11:38  東京(成田)発 スカンジナビア航空SK984便
  15:46  コペンハーゲン着(JSTで21;46,時差7時間)
  17:20      〃    発 スカンジナビア航空SK462便
  18;22  オスロ空港着
  19:25     〃   発(専用車)
  20:00  ラディソンブリュプラザ(宿泊ホテル)着
 所要時間    11時間45分(11.75h)

■第2日目;2013年8月20日(火)
(オスロからイエンデスハイムへ)
 ラップタイム 
 9:10  ラディソンブリュプラザ発(専用車)
10:47  KLOIモーテル(11:15までトイレ休憩)
12:28  KRO(13:48まで昼食)
15:15  イェンデスハイム小屋着
 所要時間     6時間05分(6.1h)

■第3日目;2013年8月21日(水)
(トレッキング第1日目)
 ラップタイム
  8:10  イェンデスハイム小屋歩きだし
  9:22  衣服調整(8:30まで)
  9:24  分岐
  9:58  最初の岩場
 10:35  休憩(10:45まで)
 11:46  最高地点
 13:24  休憩(13:34まで)
 14:03  ベス湖畔鞍部通過
 15:28  小さな池を塚
 16:10  展望の良い所で休憩(16:20まで)
 16:35  急な下り坂に差し掛かる
 17:44  メムルブー小屋着
 水平歩行距離      13.5キロメートル
 累積登攀高度(概算)  1,250メートル
 累積下降高度(概算)  1,250メートル
 所要時間          9時間34分(9.57h)
 水平歩行速度    13.5km/9.57h=1.41km/h

■第4日目;2013年8月22日(木)
(トレッキング第2日目)
 ラップタイム
 8:58  メムルブーから歩き出し
 9:14  衣服調整(9;17まで)
10:10  休憩(10:10まで)
10:58  休憩(11:10まで)
12:05  昼食(13:40まで)
13:30  休憩(13:34まで)
14:32  峠で休憩(14:35まで)
16:20  イェンデ湖湖畔で休憩(16:29まで)
17:05  船着場(17:19まで休憩) 
17:38  イェンデブー着
 水平歩行距離    10.0km
 累積登攀高度(概算)  550m
 累積下降高度(概算) 550m
 所要時間        8時間40分(8.67h)
 水平歩行速度   10.0km/8.67h=1.15km/h

■第5日目;2013年8月23日(金)
(トレッキング第3日目)
 ラップタイム
 9:30  集合
 9:33  イェンデスブー小屋発
10:10  衣服調整休憩(10:15まで)
10:42  休憩(10:55まで)
11:46  見晴の良い所で休憩・昼食(12:20まで)
12:40  イェンデストゥンカ峰山頂着
12:58        〃        発
13:40  休憩(13:50まで)
14:42  橋の袂で休憩(14;:52まで)
15:43  牧場の中で休憩(15:55まで)
16:15  イェンデスブー小屋着
 水平歩行距離(概算)        8.2km
  イェンデストゥンカ峰山頂まで     2.7km
  山頂からイェンデスブー小屋まで  5.5km
 累積登攀高度(概算)        500m
 累積下降高度(概算)                  500m
 登り所要時間(休憩時間込み)    3時間20分(3.33h)
  水平歩行速度   2.7km/3.33h=0.81km/h
    登攀速度      500m/3.33h=150.2m/h 
 下り所要時間(休憩時間込み)     3時間22分(3.37h)
  水平歩行速度    5.5km/3.37h=1.63km/h
  下降速度       500m/3.37h=148.4m/h
 全体の所要時間(休憩時間込み) 6時間45分(6.75h)
  水平歩行速度                8.2km/6.75h=1.21km/h

■第6日目;2013年8月24日(土)
(トレッキング第4日目)
 ラップタイム
 7:30  朝食
 8:30  集合
 8:40  イェンデスブーから歩き出し
 9:00  衣服調整
 9:54  休憩(10:05まで)
10:55  休憩(湖が見下ろせる場所で11:05まで)
11:55  休憩(12:05まで)
13:07  休憩(13:15まで)
14:55  休憩(15:00まで)
15:55  休憩(16:10まで)
16:50  峠;見晴絶佳の場所
17:00  休憩(17:05まで)
17:40  ライルバスバブー着
18:30  夕食
 水平歩行距離            17:5km
    イェンデブー→峠         15:5km
    峠→ライルバスブー         2.0lm
 累積登攀高度(概算)        250m
 累積下降高度(概算)                150m
 上り所要時間(休憩時間込み) 8時間10分(8.17h)
 上り水平歩行速度          15.5km/8.17h=1.90km/h
 登攀速度             250m/8.17h=30.6m/h
  下り所要時間(休憩時間込み) 50分(0.83h)
 下り水平歩行速度                2km/0.83h=2.41km/h
 下降速度            150m/0.83h=180.7m/h
 合計所要時間          9時間00分(9.00h)
    水平歩行速度       17.5km/9.00h=1.94km/h

■第7日目;2013年8月25日(日)
(トレッキング第5日目)
 ラップタイム
 8:35  ライルバスブー歩き出し
 9:07  衣服調整休憩(9:12まで)
 9:50  休憩(10:00まで)
10:30  休憩(10:36まで)
11:55  昼食休憩(12:20まで)
13:39  橋を渡る
13:43  休憩(13:58まで)
14:34  国立公園の標識を通過
14:35  休憩(14:44まで)
15:17  スピタストゥレーン着
 水平歩行距離             14.9km
 累積登攀高度(概算)                     70m
 累積下降高度(概算)                   450m
 所要時間(休憩時間を含む)    6時間42分(6.70h)
  水平歩行速度                14.9km/6.70h=2.22km/h

■第8日目;2013年8月26日(月)
 (ガルホビッケン登頂)
 ラップタイム
 8:30  スピタストゥレーンから歩き出し
 8:53  休憩(9:13まで)
 9:30  岩稜地帯に入る
 9:51  休憩(10:01まで)
10:45  休憩(10:55まで)
11:02  最初の雪渓
11:55  休憩(12:5まで)
12:50  小ピークで休憩(12:53まで)
13:46  小ピークで休憩(13:53まで)
14:28  ガルホビッケン山頂到着
14:56       〃      下山開始
15:30  小ピークで休憩(15:37まで)
17:05  休憩(17:10まで)
18:03  休憩(18:10まで)
19:20  スピタストゥレーン着
 水平歩行距離             5.5km(片道)
 登攀下降高度(概算)          1400m
 上り所要時間(休憩時間込み)  5時間53分(5.88h)
 上り水平歩行速度                 5.5km/5.88h=0.94km/h
 登攀速度                 1400m/5.88h=238m/h
 下り所要時間(休憩時間込み)    4時間24分(4.40h)
 下り水平歩行速度               5.5km/4.40h=1.25km/h
 下り速度                  1400m/4.40h=318m/h
 全所要時間(登攀時間+下降時間+山頂での休憩時間)
                                  10時間50分(10.83h)
 水平歩行速度               5.5km/10.83h=0.51km/h

■第9日目;2013年8月27日(火)
(オスロへ移動)
 ラップタイム
 8:55  専用バスでスピタストゥレーン発
 9:52  ロムのスターブヒルケ着(11:35まで見学)
12:47  クバム着(13:02まで休憩)
14:20  ジョーンズKROホテル着(15:14まで昼食)
17:03  マルシェ(17:17まで休憩)
17:49  ラディソンブリュプラザホテル着  
 移動距離    約300km
 所要時間(休憩時間込み)
  スピタストゥレーン発           8:55
  ラディソンブリュプラザホテル着   17:49
  (所要時間)    8時間54分(8.90h)
 時速    300km/8.90h=33.7km/h

■第10日目;2013年8月28日(水)
(オスロ市内観光)
 ラップタイム
 9:00  ラディソウブリュプラザロビー集合
 9:16  地下鉄オスロ駅(地下鉄乗車)
 9:20  ナショナルシアター駅着
 9:35  シティホール着(9:55まで見学)
 9:58  船着場前
10:20  BYGDY行出航
10:36  BYGDY港着
10:40  コンチキ号博物館・プラム号博物館見学(11:25頃まで)
11:36  バス停BYGDOY発(路線バス・途中で1回乗換)
12:06  バス停ナショナルシアター着
12:15  レストランLUNSMENT着(13:05まで昼食)
13:28  王宮前着(14:00まで衛兵交替式見学)
14:38  国立ギャラリー着(14:45まで見学)
14:55  ナショナルシアター駅着(地下鉄)
15:02  地下鉄トーエン駅着
15:18  ムンク博物館(15:58まで見学)
16:00  解散
16:10  地下鉄トーエン駅発(地下鉄)
16:19  地下鉄ナショナルシアター駅着
16:40  手工芸美術館(16:55発)
17:18  シテイホール前着(付近でウインドウショッピングとコーヒー店)
18:27  観光船に乗船(22:05まで湾内クルーズ)
22:10  路面電車船着場前Aker brygge停留所発(路面電車)
22:20  路面電車オスロ中央駅前停留所着
22:25  ラディソウブリュプラザ着

■第11・12日目;2013年8月29日(木)・30日(金)
(帰国)
10:55  ラディソンブリュプラザ発(専用バス)
11:36  オスロ国際空港着
12:25        〃   発(スカンジナビア航空コペンハーゲン行SK1469便)
14:47  コペンハーゲン空港着(トランシット)
15:50        〃   発(スカンジナビア航空東京(成田)行SK983便)
(機中泊)   
 9:15  東京(成田)国際空港着
 9:30  流れ解散
                                            (つづく)

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後の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/072733fa59b1dcee847166b1a79fd46a

※正確さは保証しません.




ノルウェー紀行;宿泊ホテル一覧

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      ノルウェー紀行;宿泊ホテル・山小屋一覧
           (アルパインツアー)
      2013年8月19日(月)〜8月30日(金)

<オスロのホテル>

■ラディソンブリュプラザ(Radison Blu Plaza Hotel)
  Sonia Henies plaza  3, Oslo, Norway
  Tel.  22-05-8000
  Fax. 22-05-8010
 宿泊日;第1日目 2013年8月19日(月)
      第9日目 2013年8月27日(火)
      第10日目 2013年8月28日(水)

*第1日目の部屋(2人で宿泊)

*第9・10日目の部屋(1人で宿泊)

※冷蔵庫はテレビの下にある.

 ※広さ豪華さで比較したら,日本のビジネスホテルは,極めて狭くて,窮屈である.
  ただ,私は日本ではビジネスホテル以外の一流ホテルに宿泊したことのない貧乏人
  である.ビジネスホテルと比較すること自体が無意味かもしれない.

<トレッキング中に宿泊した山小屋>

■イェンデスハイムハット(Gjendeshaeim Hut)
     2680 Vaga, Norway
   Tel. 61-23-8910
   Fax. 61-23-8985
 宿泊日;第2日目;2013年8月20日(火)


■メルムブーハット(Memurubu Hut)
      2686 LOM, Norway
  Tel. 61-23-8999
  Fax. 61-23-8999
 宿泊日;第3日目;2013年8月21日(水) トレッキング第1日目


■イェンデブーハット(Gjendebu Hut)
     Postbox 55 2684 Vaga, Norway
   Tel; 61-23-8944
   Fax. 57-87-6687
 宿泊日;第4日目;2013年8月22日(水) トレッキング第2日目
       第5日目;2013年8月23日(木)     〃  第3日目



■ライルバスブー(Leirvassbu Hut)
     Top of Norway Eleveseter 2687 Boverdalen, Norway
   Tel. 61-21-1210
   Fax. 61-21-1211
 宿泊日;第6日目;2013年8月24日(土) トレッキング第4日目



■スピターストゥレーンハット(Spiterstulen Hut)
     2688 LOM, Norway
   Tel. 61-21-9400
   Fax. 61-21-94-01
 宿泊日;第7日目;2013年8月25日(日) トレッキング第5日目
      第8日目;2013年8月26日(月) ガルホビッケン登頂


 ※どの山小屋にも,必ずシャワーの設備がある.
  普通は2段ベッドながら,ユッタリとしたスペースが確保されているのが有り難い.
  食事もユッタリとしたスペースで時間を掛けて楽しむことができる.
  トイレも概ね清潔である.
  寝具類も極めて清潔.敷布,毛布カバー,枕カバーが支給される.
  電気は24時間使えるので,消灯時間はない.
                                       (つづく)

前の記事
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後の記事
(編集中)

青空に富士山と紅葉が映える丹沢;塔ノ岳(今年52回目)

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                                      <塔ノ岳山頂からの富士山>

     青空に富士山と紅葉が映える丹沢;塔ノ岳(今年52回目)
             (常連に同行)
        2013年11月23日(土) 快晴

■前日の夜から…
 毎度同じような書き出しになるが,11月も下旬ともなると,いくら気候が温暖な鎌倉でも,朝晩はかなり気温が下がる.そうなると,塔ノ岳に出かけるために,朝早く起床するのが辛くなる.ついつい,色々な理屈を付けて,出かけるのを止めてしまい,日中暖かくなると,
 “やっぱり,塔ノ岳へ出かければ良かったナ”
と反省する.
 こんなことを何回か繰り返している内に,塔ノ岳に出かけようと思ったら,その前日,就寝前に山登りの衣服を着てから寝袋に入って寝ると,当日の朝,何の抵抗もなく起きられることを発見した.
 昨夜も,私は,この寝袋スタイルで就寝したので,今朝,3時には何の抵抗もなくスッキリと起床する.もちろん気分は最高である.
 早く起床すると,今度は朝の時間を持て余す.私は何の躊躇もなく,4時10分に家を出発,山を下って大船駅までの約2.5キロメートルの早朝散歩を楽しむ.真っ暗な道を歩くのは少々薄気味悪いが,それでも意気揚々である.
 大船5時10分発東海道本線下り初電熱海行に乗車する.今日は土曜日.休日のためか初電から沢山の乗客で電車は混雑している.どこか品川駅辺りで大規模な工事があるらしくて,今日の東海道本線の電車は?浜駅が始発になっている.

■車窓からの富士山
 小田原で小田急電鉄に乗り換えるが,そのままストレートに乗り換えると渋沢駅に到着するのが早すぎるので,わざと急行電車を1本見送って,小田原発7時16分の電車に乗車する.その頃,ようやく辺りが明るくなり始める.
 どうやら,今日は天気が良さそうである.
 私は,晴れた日には,何時も,小田急電車車窓の矢倉岳と富士山が重なる風景を楽しみにしている.ところが,今日はどうしたことか,薄らボンヤリしていて,この二つの名峰が重なる瞬間を見逃してしまう.
 “しまった〜っ!”
と思ったときはもう遅い.でも,真っ白に雪化粧した富士山の写真だけは撮っておこうと思う.それが下の写真である.薄暗いところで撮った写真を思いっきりトリミングしたので,随分と荒れた写真になったが,これも一興.

<車窓から矢倉岳と富士山を望む>

■居合わせたご常連さんと一緒に登山開始
 7時35分に渋沢駅に到着する.バス停には,もう数名の方が並んでいる.近くにお住まいのご常連,YUさんが居られる.YUさんが,
 「(FHさんが)家を出られるときは,まだ暗いんでしょう?」
と私に呑気な質問をされる.もちろん,暗いどころではない.
 “鎌倉くんだりから塔ノ岳に来るのはやっぱりハンディがあるナ…”
とつくづく思う.
 臨時バスは直ぐに超満員になる.沢山の乗客の中に常連の顔もチラチラと見え隠れする.
 臨時バスは6時50分に大倉に到着する.ご常連の丹沢ウッズさんは,すぐに大倉から走り出す.今日も橋本まで行かれるのかな? 常連のTNさん,YUさん,TTさん,KIさん,TDさんが次々に出発する.
 その内に定期のバス,さらに次の臨時バスが次々に到着する.どのバスも超満員である.今日の塔ノ岳は,どうやら混雑しそうである.
 私は,7時12分,TGさん,SSKさん,NMさん,STさんなど居合わせたご常連の方々と一緒に大倉から歩き出す.気温は12℃.湿度もどうやら低く,路面も乾いている.今日はどうやら歩き易そうである.
 一同かなりユックリペースで登り続け,7時37分に観音茶屋を通過する.この辺りから次第に列がバラけ始める.

<観音茶屋を通過>

■見晴山荘
 7時50分,見晴茶屋を通過する.たっぷりの朝日が茶屋のテラスに射し込んでいる.テラスで堀山の家縁の方々が休憩を取っている.
 「やあ,やあ,…何しているの」
と挨拶しながら,小屋の前を通過する.
 何時の間にか,1本後のバスで来られたMGさんが私たちに追い付く.

<見晴山荘>

■見晴階段
 すぐに見晴階段に差し掛かる.今日は休日.登山者が多い.坂を見上げると,数珠繋ぎになった登山者の後ろ姿が見える.
 私たちはSSKさんを先頭にして,ごくユックリの速度で登り続ける.私は内心で,
 “ゆっくり歩けるならば,何よりだ…ありがたい”
と重いながら後に続く.
 坂道を登りながら,私は心の中でいろいろなことを考えている.
 そろそろ私も,登山しながら所要時間を克明に記録するのを止めよう.そして,安全登山の指標を記録することにしようかなと思い始める.その指標とは…製造業に勤務した経験がある方なら誰でも知っているMTBFとMTTRを使ったらどうだろう.そういえば,数年前にも,同じようなことを考えていたことがあったナ…
 ついでに一寸だけ補足すると,MTBFはMean Time Between Fairuiesの略.つまり,躓いたり転んだりしたときから,次に躓いたり転んだりする間の経過時間の平均である.勿論,MTBFが長ければ長いほど良い.この値を月単位ぐらいで測定してみようかな.
 つぎにMTTRはMean Time To Repairの略.つまり,身体のどくかに故障があったときに,その故障が治るまでの時間の平均である,勿論,この値は短ければ短いほど良い.
 自分の体調管理のために,このMTBFとMTTRをどう役立てようかな…なんていう雲をつかむようなことを考えている内に,見晴階段を登りきって,モミジ坂に差し掛かる.

<見晴階段>

■紅葉が見頃のモミジ坂
 モミジ坂の紅葉がそろそろ見頃を迎えている.来週辺りが一番見頃になりそうである.今日は快晴.朝日が射し込むモミジが輝いている.思わず足を止めて写真を撮る.
 やがて,駒止階段に差し掛かる.相変わらずユックリと階段を登る.八割方階段を登った頃,ユックリなテンポがもどかしくなったのか,MGさんの歩行速度が速くなる.MGさんに釣られて,私も後に続く.
 8時25分,駒止茶屋を通過する.大倉から駒止茶屋までの所要時間は1時間13分.大分ユックリペースである.でも,
 “これで良いんだ”
と自分に言い聞かせる.

<モミジ坂の紅葉>

■堀山の富士山
 堀山の尾根に差し掛かる.
 「私,富士山の写真を撮りますので,先に行っています…」
とお断りして,堀山の尾根を足早に歩く.そして,富士山が見える場所で,デジカメで10枚ほどの写真を摂る.
 どうせ私のバカカメラである,ロクナ写真は撮れないだろうが,望遠にしたり,露出を変えたりしながら試行錯誤を繰り返す.そんな中で,何とか様になったのが下の写真である.
 富士山に積もった雪が一時より少し溶けたようだが,それでも8合目付近から上は真っ白になっている.雲一つない青空が眩しい.
 私が写真で四苦八苦している内に,同行の皆さんが私に追い付く.ここから先は,また,皆さんと一緒に登り続ける.

<堀山の尾根から富士山を望む>

■堀山の家
 8時44分,堀山の家に到着する.まだ時間が早いので,堀山の家は開店していない.
 小草平からも富士山が良く見えている.ここでも,富士山の写真を撮ろうとして,条件を変えて何回も試みるが,私のバカカメラでは,富士山を撮るのは全く不可能である.バカカメラを絵蹴飛ばしたくなるが…カメラが悪いのではなく,私の腕が悪いから上手く撮れないことを私は百も承知している.
 私は,
 「堀山の家から花立山荘まで,私は40分掛けて登る予定です…どうぞお先に…」
と皆様にお断りするが,皆さんが40分のユックリ速度でOKとのこと.有り難い.

■萱場平
 私の経済速度を保ちながら,ユックリペースで坂道を登り続ける.
 大倉尾根の中でも,堀山の家から花立山荘までの急坂が,もっとも山登りらしい雰囲気がある.だから,私はここを登るのが一番楽しい.それにノルウェーの山を経験してから,階段道の有り難さが身に染みて分かった.それ以来,階段道の連続は全く気にならなくなっている.
 9時04分,萱場平を通過する.ここまで登ってきても,登山者の列は途絶えない.
 ついこの間まで,木道の間で勢い良く繁茂していたアザミは,もうすっかり萎れている.

<萱場平>

■花立山荘
 萱場平を過ぎてからも定速で登り続ける.今日の気温は冷涼で,湿度も低いので登りやすい.低速で登っているとはいえ,途中で何人かの登山者を追い抜く.
 やがて,後7分坂(花立階段)に差し掛かる.ここからも富士山が良く見えている.すかさず富士山の写真を撮る.
 後7分坂も無理をせずに登って,8時22分に花立山荘に到着する.相変わらず富士山が良く見えている.
 大倉から花立山荘までの所要時間は2時間10分,堀山の家からの所要時間は39分.大倉からの所要時間が数分長すぎるのに比較して堀山の家からの所要時間が短いのが今回の特徴である.このことから,今回は前半の歩行速度がかなり低速だったことが分かる.

<花立山荘前から富士山を望む>

■花立山からの眺望
 同行の皆さんは花立山荘のベンチで一休みするらしいが,私は花立山で沢山の写真を撮りたい.そこで皆さんにお断りして一足先に花立山を目指す.
 9時32分,花立山山頂に到着する.
 素晴らしい眺望である.富士山,愛鷹山,それに南アルプスの山々まで,とても良く見えている.私は花立山の山頂から四方八方の写真を撮りまくる.私のバカカメラも,この素晴らしい風景に感動したのか,とても機嫌が良い.なかなか良い写真が撮れる.

<花立山から南アルプスを望む>

■まるで鳥になったようだ…
 花立山から相模湾を見下ろす.写真に
はよく写らないが,海が光っている.遠くに真鶴半島が見えている.眼下に見える街は小田原かな.とにかく素晴らしい眺望である.まるで自分が鳥になったようだ.
 素晴らしい風景をバックにして,ご同行の皆様が花立山を目指して登ってくる.

<花立山から相模湾を見下ろす>

■新しい木道は怖い
 花立山を過ぎて馬の背に差し掛かる.
 途中の一寸した岩場付近の崩落が大分進んだので新しい木道ができている.高度感のある階段を下ると,片側が急な斜面の狭い木道になる.渡るのが結構怖い.それに渋滞しそうである.
 この辺りは日陰になるところ.冬になれば残雪が凍結するだろう.危ないなあと思いながら通過する.

<新しい木道は怖い>

■塔ノ岳山頂
 9時40分,金冷シを通過する.
 私のすぐ後ろにNMさんが居られる.本当は私よりずっと高速で歩ける方だ.私はNMさんの気配を後ろに感じながら,尾尾から歩き始めたときと同じ速度で登り続ける.でも,金冷シから最初の階段を登っているときに,後続の皆さんの姿が見えないことに気がつく.
 「少し,待っていましょうか…?」
 とはいえ,金冷シから山頂までの所要時間はせいぜい15分,速い遅いといってもそれほど差が付くわけでもないので,そのまま登り続ける.
 山頂直下で,もう下山してくるYUさんとすれ違う.
 9時55分,塔ノ岳山頂に到着する.雲一つない青空が広がっている.例によって山頂からの写真を撮りまくる.山頂では沢山の登山客が休憩を取っている.気温は丁度0℃,微風.
 大倉から塔ノ岳山頂までの所要時間は2時間43分.歩き出しが随分とユックリにしては意外にラップは良い.
 そうこうしている内に,ご同行の皆さんが到着する.
 一緒に尊仏山荘へ向かう.

<大賑わいの塔ノ岳山頂>

■尊仏山荘
 尊仏山荘に入る.
 今日の小屋番はW林さんと,F谷さん.華伊達美弥雄さんは不在.私たちより先に山荘に到着したKIさん,MTさん,TNさんが先客.
 小屋番のW林さんに,神奈川美術協会会員展にお越し頂いたお礼として,出品作品の写真をお渡しする.写真をお渡ししながら,内心で,
 “そろそろ来春の公募展に応募する作品に取りかからなければ…”
と居ても立っても居られないような焦りを感じる.
 恒例の300円也のお茶を所望する.山荘内を見回すと常連客ばかり.
 10時20分頃,先着のKIさん,MTさん,TNさんが,私たちより一足先に下山開始.
 お茶を飲みながら暫し雑談.その内に,大倉から一緒に歩き出したHNさん,STさん夫妻も山頂に到着する.

<尊仏山荘>

■堀山の家
 10時40分,TGさん,SSKさん,NMさんと一緒に下山開始.
 山頂は寒い.でも花立山荘まで下れば暖かくなるのが分かっているが,前回のアクシデントを思い起こして,今回はユックリと下山し続ける.
 山頂付近で,私たちと同じバスに乗っていた顔見知りの方とすれ違う.
 11時20分,萱場平を通過する.一緒に下山し始めた方々の列がちょっとバラケ始めている.
 私は,途中の堀山の家にも,先日の神奈川美術協会会員展案内ハガキを掲示して頂いたお礼を申し上げるために,速度を速めて一足先に下山することにする.そして,萱場平から堀山の家までは一人旅を続ける.
 11時45分,堀山の家に到着する.
 UMさん,三角髭のTDさん,KIさん,MTさん,TNさんのご常連が先客.そのうちにTGさん,HNさんも到着する.
 私はコーヒーを所望したかったが,今日は皆さんと一緒に下山後,渋沢駅でコーヒーを賞味することになっているので,堀山の家では250円也のジュースを所望する.
 堀山の家で“油を売っている間”に,SSKさんとNMさんは,堀山の家を通過されたようである.

<堀山の家>

■モミジ坂
 TGさんが私に先に下山してくれとのことだったので,堀山の家からはTDさん,UMさん,KIさん,MTさんと一緒に下山開始.途中でNMさん,HNさんに追い付く.
 下山途中で,モミジ坂の紅葉を楽しみながら,ユックリと下山し続ける.大倉発13時10分のバスに乗るしかないので,急いでも無駄.

<モミジ坂の紅葉>

■渋沢駅構内ケンタッキーで一休み
 12時55分,バス停大倉に到着する.泥の付いた靴を洗ってから,13時10分発のバスに乗車する.バスは立ち席が出るほど混雑している.13時25分,渋沢駅に到着.
 渋沢駅ビル1階にあるケンタッキーで30分ほどコーヒーブレーク.特に話題があるわけではないが,山の知人と一緒に賞味するコーヒーの味はまた格別である.

<渋沢駅ケンタッキーでコーヒーブレーク>

■今日も良かった!
 13時55分,お開き.
 私は渋沢発13時58分小田原行電車に飛び乗る.小田原駅で12時24分発快速アクティ?浜行電車に乗車する.今日の快速アクティは辻堂駅にも臨時停車する.
 大船駅でのバスへの接続も良くて,15時半頃には帰宅する.
 今日はユックリ行動したためか,疲労感は全くなく快調である.
 今日も良かった! 良かった!

<ラップタイム>

 7:12  大倉歩き出し
 7:37  観音茶屋
 7:56  見晴山荘
 8:25  駒止茶屋
 8:44  堀山の家
 9:23  花立山荘
 9:40  金冷シ
 9:55  塔ノ岳山頂着(-0.0℃)
10:40      〃  発
10:52  金冷シ
11:08  花立山荘
11:45  堀山の家(11:53まで休憩)
12:10  駒止茶屋
12:20  見晴山荘
12:35  観音茶屋
12:55  大倉着

 [山行記録]

■水平距離       7.0km(片道)

■累積登攀下降高度   1269m

■登攀所要時間(雑談時間を含む)
  大倉   発      7:12
  塔ノ岳  着      9:55
  (所要時間)  2時間43 分(2.72h)
  水平歩行速度   7.0km/2.72h=2.57km/h
  登攀速度    1269m/2.72h=466.5m/h

■下降所要時間(休憩時間を含む)
  塔ノ岳  発      10:40
  大倉   着      12:55
  (所要時間)  2時間15分(2.25h)
  水平歩行速度     7.0km/2.25h=3.11km/h
  下降速度     1269m/2.25h=564.0m/h
                               (おわり)
「丹沢の山旅」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/03eff17308e2204e3b8b02d38a79b0c5
「丹沢の山旅」の次回の記事
(なし)

ノルウェー紀行;エピローグ(3);エピローグはプロローグ

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       ノルウェー紀行;エピローグ(3);エピローグはプロローグ
           (アルパインツアー)
      2013年8月19日(月)〜8月30日(金)

<今回のトレッキングと登山の総括>

■ヨウドィンハイメン国立公園概念図


■全行程の概観
 全歩行距離は75.1km,4020m登って,4300m下った.所要時間は合計約52時間であった(オスロ市内観光を除く).
              歩行距離(km) 登攀高度(m) 下降高度(m)  行動時間(h)
トレッキング1日目    13.5              1,250             1,250         9:34(9.57) 
         〃  2日目    10.0                 550               550         8:40(8.67)
    〃  3日目          8.2                 500               500         6:45(6.75)
    〃  4日目    17.5                 250               150          9:00(9.00)
    〃  5日目    14.9                   70               450          6:42(6.70)
  (合  計)       64.1               2,620             2,900       40:41(40.68)
ガルホビッケン登頂    11.0               1,400             1,400      10:50(10.83) 
  (総  計)       75.1               4,020             4,300       51:31(51.52)

■1日当たりの指標
   歩行距離     75.1km/6日=12.5km/日
   登攀高度     4,020m/6日=570.0m/日
   下降速度     4,300m/6日=716.7m/日
   行動時間     51.52h/6日 =  8.59h/日
 毎日,平均で12.5キロメートル歩き,570メートル登り,716メートル下ったことになる.1日当たり平均行動時間は約9時間であった. 

■コースの感想(再掲)
 今回のコースは,アルパインツアー社の難易度表示では靴の印が4個である.したがって,今回のコースは,難コースの部類に入ると思われる.
 それにもかかわらず参加者21人が全員踏破したのは素晴らしいと言えよう.ちなみに参加者21人の内,男性はたった6人だけ.相変わらず女性が多かった.
 今回のコースを歩いた感想を列挙すると以下の通りである.

 1.毎日がロングコースであり,結構大変である.

 2.牧歌的な雰囲気の所も多いが,大きな石伝いに歩くところ,結構長い徒渉,ガレ場,
  幾つものクサリ場が連続するところもあり,変化に富んでいる.

 3.休養日の3日目のオプション,イェンデストゥンカ峰は難易度の高い岩山である.

 4.ガルホビッケン登頂は,クサリ場はないが,累々と重なる石の上を伝ったり,急な岩山,
  ガレ場,岩登り.雪渓の登り下りなどがあり,結構大変だった.

<入手資料・パンフレット類>

■単行本
 以下の単行本を入手した.
 Centro Stampa Editoriale,『日本語版ノルウェー;自然と神秘』phurigraf Perselis
 『日本語版ノルウェー;写真で見るベスト・オブ・ノルウェー』Normanns Kunstforlag AG A/S
 


■地図
 ”Midt-Jotunheimen tukart”,Sultheim-familien
 ' The Official City Map,'vist OSLO.com
 

■観光案内
 グルーポピコ地球の歩き方編集室(編),2007,「ノルウエーフィヨルド旅行ガイド;フィヨルドへ行こう!(Guidebook to the Notwegian Fijords)」 スカンジナビア政府観光局
 「オスロ」visit OSLO,com.
'OSLO Guide 2013',visit OSLO.com 
 

 

<エピローグは新たなプロローグ>

 今回の記事で,長い間連載し続けてきたノルウェー紀行は最終回を迎える.
 第1回目の記事を,当ブログに収録したのは2013年8月18日であった.月日が過ぎ去るのは実に早い.最終回を収録する今日は,もう11月下旬である.ノルウェーの旅を終えて帰国したときは記録的な猛暑と時差に悩まされ続けたが,今はもう朝夕は暖房が恋しい季節になってしまった.
 このブログ記事は,誰かに頼まれて書いているわけではなく,書くも止めるも全く自由である.それにもかかわらず,シンドイ思いをしながら,資料をひっくり返しながら,この記事を書いているのは何故なんだろう? 何もシンドイ思いをしながら書かなくても良いのに…私は一連の記事を連載しながら,何時もそんなことを考え続けていた.
 でも,まあ,こうしで最終回を迎えてみると,それなりの達成感があるのも事実だし,もし健康が許せば,また次の旅に出掛けてみたいなという気分になる.
 そう…私にとって一つの旅のエピローグは,新たな旅のプロローグでもある.
 さて,次回はどこの山旅に出掛けようかな…気が早い私はもう次の旅のことを考え始めている.
 でも,まあ,取りあえずは,この旅行記のフィナーレを迎えることができて良かった! 良かった!
                                          (完)

前の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/072733fa59b1dcee847166b1a79fd46a
後の記事
(なし)
索引
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/48f4e4d4ec64fe58371168794f7289c2

ノルウェー紀行;目次と索引

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         ノルウェー紀行;目次と索引
           (アルパインツアー)
      2013年8月19日(月)〜8月30日(金)

<目次>

※凡例
(1)このブログ記事は,大別してプロローグ,予稿集,日程順の記録,その他の項目によて構成されている.
(2)当ブログの1回に投稿できる文字数に制限があるので,1日分の記録が数回にわたる場合はその日の最初の記事のインデックスだけを表示する.

プロローグ
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/6a42e6f09bdedab9734d4b551ebe1cdc
                (1);事前準備
       (2);ツアーの概要
       (3);楽しい旅が終わった
(予稿集)
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/e618c6dbc2248f8dc88d586d225b9ff1
              第1日目;オスロへ
      第2日目;オスロからイェンデスハイムへ
      第3日目;トレッキング1日目;メルムブーへ
      第4日目;トレッキング2日目;イェンデブーへ
      第5日目;トレッキング3日目;イェンデブー滞在
      第6日目;トレッキング4日目;ライルバスブーへ
      第7日目;トレッキング5日目;スピターストゥレーンへ
      第8日目;ガルホビッケン登頂
      第9日目;オスロへ
      第10日目;オスロ滞在
      第11日目;オスロ発
      第12日目;無事帰国
第1日目;東京(成田)からオスロへ
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/114ecf310d5945bdb624c053cb628cb7
第2日目
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/9ea8bdb5336465110594ca13ac6f0317
            (1);専用車にノテオスロを出発
      (2):車窓の風景を楽しみながらイェンデスハイムへ
第3日目(トレッキング第1日目)
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/c61b23001ae3803ea526b464ed52834f
      (1);ベッセン尾根
      (2);メルムブー小屋を目指して
      (3);メルムブー小屋
第4日目(トレッキング第2日目)
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/068766273c252abb12462bf1adf36673
      (1);尖鋒の山頂を目指して
      (2);湖沼とトナカイの尾根道
      (3);イエンデブー
第5日目(トレッキング第3日目)
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/1ebd52b5fd7b7f811509989bb34c6ac5
      (1);今日は休養日だ
      (2);ありゃりゃ! 岩場だ
      (3);帰りは長閑な散策路
第6日目(トレッキング第4日目)
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/9b88af6307d0dc8c97de84cda4042947
      (1);ストラー川を遡る
      (2);湖と残雪の山稜を行く
      (3);ライルバスブー
第7日目(トレッキング第5日目)
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/422ca41761debe4bd7b50ce5bf2a8149
      (1);ライルバスブー出発
      (2);ピス谷を行く
      (3);スピタストゥレーン小屋
第8日目;ガルホビッケン登頂
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/7c08ede30dfa432dc6c68fd3f2285e56
      (1);スピタストゥレーン小屋を出発
      (2);山頂を極めて下山
      (3);スピタストゥレーンの夜
第9日目;オスロへ移動
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/7844d685aa1e22481c1a6827b67269af
      (1);ロムのスタースビルケ見学
      (2);バスに揺られて
第10日目;オスロ観光
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/d3226c39aed18fe97ed43e869f2310e9
      (1);シティホールの壁画
      (2);コンチキ号・プラム号博物館巡り
      (3);王宮衛兵交替と国立ギャラリー
      (4);ムンク博物館
      (5);手工芸博物館から船着場へ
      (6);エビに釣られて遊覧船
第11・12日目;帰国
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/625faebf531872ef5dd3846a9bc11ad6
      (1);コペンハーゲンでトランシット
              (2);日本の酷暑に参った!

エピローグ
(1)行動記録の纏め(日程順)
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/113e344e036039afaf48ec9b6d3df9c4
(2)宿泊ホテル・山小屋一覧
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/072733fa59b1dcee847166b1a79fd46a
(3)エピローグはプロローグ
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/61ddd9c10710617a6fb86bd62fb7ae77
                                                                                 (目次終わり)

<50音別索引>

※凡例
(1)予稿集の内容は対象外.
(2)括弧内の数字,例えば(1)は第1日目の記事に記載されていることを示す.
 1日の記事が数回に分かれているとき.例えば(8(2))は8日目2番目の記事を表している. 
(3)例えば,イェンデ湖の(3(1))(4(1))(4(2))(4(3))は,
      3日目(1));ベッセン尾根,
      4日目(1));尖鋒の山頂を目指して,
      4日目(2));湖沼とトナカイの尾根道
      4日目(3));イエンデブー
に記載されていることを示している.

【あ行】
イェンデ湖(3(1))(4(1))(4(2))(4(3))
イエンデ湖船着場(4(3))
イェンデスハイム(2(1))(3(1))
イェンデブー(4(3))(5(2))(6(1))
イェンデストゥンカ峰(5(1))(5(2))(6(1))
衛兵交替式(10(3))
エビ(10(6))
オラブスブー(6(2))
オスロ駅(9(2)),
オスロ国際空港(1)(11)
オスロ地下鉄(10(1))
オスロ湾内クルーズ(10(6))

【か行】
ガルホビッケン山(8(1))(8(2))
観光船(10(6))
キルキャ峰(7(1))
KROI Motel(2(1))
KRO(2(1))
コペンハーゲン国際空港(1)(11)
クハム(9(1))
クリスチーナ(10(5))
コンチキ博物館(10(2))
国立ギャラリー(10(3))

【さ行】
シティホール(10(1))(10(5)
試写会(7(3))
ジョーンズKROホテル(9(1))
手工芸美術館(10(5))
スピタストゥレーン(7(2))(7(3))(8(1))(8(2)(8(3))(9(1))
スターブヒルケ(9(1))
Sjuguratindjeonne山(4(1))
雪渓下り(8(2))

【た行】
地下鉄路線図(10(1))
トナカイ(4(2))
徒渉の繰り返し(6(2))(7(1))
登頂証明書(8(3))
東京成田空港(1)(12)

【な行】
ナショナルシアター(10(2))(10(3))
ノルウェーの案内書(9(1))

【は行】
プラム博物館(10(2))
ピス谷(7(2))
ビグドイ(10(2))
ピザ屋LUNSMENT(10(2))
ベッセン尾根(3(1))

【ま行】
マルシェ(9(2))
ムル川(4(1))(4(2))
ムンク(10(2))
ムンク博物館(10(3))
メルムブー(3(2))(3(3))(4(1))

【や行】
遊覧船(10(5))

【ら行】
ラディソンブリュプラザ(1) (9(2))
リルハンメル(9(1))
路面電車(10(5))
ロムのミュージアム(9(1))

【わ行】
ワタスゲの群生地(4(2))
ライルバスブー(6(2))(6(3))(7(1))
湾内クルーズ(10(6))
                                (索引終わり)

富士山の傘雲とモミジ坂の紅葉を楽しむ丹沢;塔ノ岳(今年53回目)

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                          <花立山から富士山を望む>

  富士山の傘雲とモミジ坂の紅葉を楽しむ丹沢;塔ノ岳(今年53回目)
           (単独山行)
        2013年11月27日(水) 晴

■早起きは三文の得?
 平日に塔ノ岳に出かけるには,湘南モノレールの初電に乗って,小田原駅での階段二段跳び乗換をクリアしないと渋沢発大倉行一番バスに間に合わない.これが如何にも慌ただしいので気分的に我慢ならない.そんなこともあって,この頃は
 “朝寝坊名湘南モノレールなど乗ってやるか”
と腹を立てる.
 湘南モノレールを利用すれば,我が家を5時10分に出発すれば,大倉行1番バスに間に合う.ただし階段二段跳び乗換が必須である.
 …で,階段二段跳び乗換を避けるには,東海道本線下り電車の初電,大船発5時10分の電車に乗らなければならない,この電車に間に合う湘南モノレールのでんしゃがないとなると,我が家を4時10分に出発して,大船駅まで下山しなければならない.この頃のように朝晩が寒くなると,一大決心をしないと,なかなか家を出る気にならない,実に困ったものである.
 そこで,この頃は塔ノ岳に出かける前夜に,登山用の衣服を着用してから寝袋に入って寝るようにしている.つまり,前夜から,
 “よし! 明日は塔ノ岳に行くぞ!”
と気合いを入れることにしている.
 早起きは三文の得かどうか分からないが,こんな七面倒くさい儀式を終えて,今朝も4時10分に支度を出発する.
 真っ暗な住宅地を抜けて,長い階段道を半ば手探りで下山する.たまたま途中で新聞配達の方とすれ違ったり,犬に吠えられたりして肝を潰すが,さすがに大船駅界隈は不夜城のように明るく沢山の飲食店が営業している.駅近くのチェーン店「す○家」で450円也のカレーライスを食べてから,大船5時10分発普通電車熱海行に乗車する.

■大倉行1番バス
 私が乗車した電車は,早々と5時55分に小田原駅に到着する.次の電車では階段二段跳びになるのに,この電車では今度は早すぎる.駅でブラブラしていても仕方がないので,小田原発6時03分新宿行急行電車に乗車する.渋沢着6時20分.大倉行バス停に一番乗りである.まるでバカみたい.
 バス停のベンチにリュックを置いて,ストレッチをしたり,動物園の檻の中のクマのように,グルグルと歩き回りながら時間を潰す.その内に『尾根の瓦版』の編集長YKさんがヒョッコリと現れる.雑談をしている内に,豚肉を食べたら塔ノ岳山頂までの所要時間が随分と速くなったという耳よりの話を伺う.
 “じゃあ…オレも,今晩,豚肉を食うぞ”
と思ったが,帰宅後の夕飯のメニューは鶏の唐揚げだった.
 一番バスは平日にしてはかなり混雑している.立ち席がぎっしりである.NMさん,TGさん,TDさん,YUさん,NGさん,SSKさん,HNさん,MTさんなどのご常連も乗車している.

■それぞれが自分のペースで…
 6時58分,バスは大倉に到着する.
 例によって,バスが到着すると同時にNMさんが歩き出す.続いてTDさん.MTさん,NGさんが続々と歩き出す.
 私はやや遅れて,7時05分,TGさん,SSKさん,HNさんと一緒に大倉を出発する.季節が一段と進んで,登山口付近の紅葉もそろそろ見頃になっている.
 つい先日,吹き荒れた強風のために登山道には落ち葉が降り積もっている.
 7時32分,観音茶屋を通過する.そして,ジグザグの坂道に差し掛かると,私たちの集団がバラケ始める.SSKさんが,
 「どうせ,山頂で一緒になるから,それぞれ自分に合った歩き方で登りましょうよ」
と提案する.勿論私にも異論はない.
 私は,当面,韋駄天のTGさんの後ろに付いて歩くことにする.
 7時44分,見晴茶屋を通過する.そして,直ぐに見晴階段に差し掛かる.私は,ちょっとペースが速すぎるかなと思ったが,そのままTGさんの後ろに付いて登り続ける.見晴階段の周囲を見回すと,そろそろ紅葉が見頃になっている,
 坂の上の方まで登山者の後ろ姿が点々と見えている.

<見晴階段>

■モミジ坂の紅葉
 見晴階段を過ぎてモミジ坂に差し掛かる.
 この辺りの紅葉は,今が丁度見頃である.今日は天気も上々.紅葉が朝日を浴びて光っている.
 私は,引きつづきTGさんに引っ張られるように直ぐ後を歩いている.でも,写真を撮る度に,ジリッ,ジリッと間が広がっていく.
 モミジ坂の紅葉をユックリ見たいが,上りでユックリしてしまうと疲れるので,下山のときにユックリ見物することにする.

<モミジ坂>

■富士山は雲の中
 やがて駒止階段に差し掛かる.私は急坂が苦手,ここでTGさんとの間が,また少し開く.でも,止まりそうな速度で登っている方を2〜3人追い越す.
 8時10分,駒止茶屋を通過する.大倉から駒止茶屋までの所要時間は1時間05分.先頭を行くTGさんに引きずられたので,まあ,まあ,のラップである.
 “このラップならば塔ノ岳山頂までの所要時間は2時間30分台後半だな”
と予想する.
 堀山の尾根道に差し掛かる.相変わらずTGさんのすぐ後ろを歩いている.先ほどまでご一緒していたSSKさんとHNさんの姿は何時の間にか見えなくなっている.
 やがて富士山が良く見える場所に到着する.今日は残念ながら雲が湧いていて富士山は全く見えないが,儀式として見えない富士山の写真を撮る.下の写真で富士山が見えないのは,私のバカカメラのせいではなく,本当に富士山が見えないのだ.

<堀山から見えない富士山を撮る>

■萱場平
 8時25分,堀山の家を通過する.ここまでは,何とかTGさんの後ろに付いて登ってきたが,ここから先の急坂になると,とても,とてもTGさんの後に付いていくのは無理.“ジリッ,ジリッ”とTGさんとの間が空いていくのは仕方がない.
 私はTGさんの後を追うのを諦めて,歩行速度を少々遅くする.
 8時43分,萱場平を通過する.この辺りからは完全な一人旅になる.

<萱場平>

■花立山荘
 萱場平を過ぎてから,少しペースを落として登り続ける.後7分坂(花立階段のこと)の少し手前で,YUさんに追い越される.もちろん,先ほどまで後を付けていたTGさんの後ろ姿はとっくに見えなくなっている.
 今度はYUさんの後を付けるようにして登り続ける.後ろを振り返ると,私から60〜70メートル離れたところを登っているSSKさんが見える.先ほどまではSSKさんの姿は全く見えなかったが,何時の間にか随分と近付いている.
 後7分坂に差し掛かる.階段を登り始めて,今日の私の体調が案外良いことに気がつく.何時もよりも多少速い速度で階段を登り続ける.私より30〜40段先をYUさんが登っている.
 9時04分,花立山荘に到着する.まだ時間が早いためか登山者の姿はない,富士山の真ん前に雲が掛かっていて,残念ながら富士山は見えないが,青空が覗き始めている.
 大倉から花立山荘までの所要時間は,1時間59分.わずか1分とはいえ2時間を切ったのは久々のことである.ここから塔ノ岳山頂までの所要時間は30分もあれば十分…ということは久々に大倉から2時間20分台の所要時間で塔ノ岳山頂に到着できそうである.
 登山の所要時間など気にするなと,私は平素から悟ったようなことを言っている.でも,予想以上に速く登れれば,やっぱり嬉しい.

<花立山荘>

■富士山が顔を出す
 花立山荘で写真を撮っている間にYUさんとの間隔がちょっと開いてしまう.もう,追い付くことは不可能である.
 “まあ,仕方がない…ここからは適当に歩くか…”
ということにするが,足の疲れも殆ど感じられないので,結構な速度で登り続ける.
 ガレ場に入ると,一気に視界が広がる.ラッキーなことに,先ほどまで富士山の手前に広がっていた雲が途切れて,富士山が見え始める.これはもう立ち止まって写真を撮るしかない.私は,花立山山頂手前で富士山の写真を5〜6枚撮る.
 9時12分,花立山の山頂を通過する.花立山荘からの所要時間は8分.途中で写真を撮っていたにもかかわらず,何時もより2分速い.

<花立山山頂付近からの富士山>

■塔ノ岳山頂
 9時15分に金冷シを通過する.YUさんが,私より30〜40メートル先を歩いている.ここから先は,YUさんとの距離がこれ以上開かないようにしながら登り続ける.後ろを振り返ると,先ほどまで見えていたSSKさんの姿が,何時の間にか見えなくなっている.“どうしたんだろう?”と一寸気になる.
 また雲が湧いてきて,塔ノ岳山頂からは富士山が見えなくなっている.私より先に山頂に到着しているYGさんとYUさんは尊仏山荘に居られるのは確かだが,まだ時間が早いので山頂には全く人の姿はなく静まり返っている.
 今日の山頂の気温は0℃.
 大倉から塔ノ岳までの所要時間は2時間23分.多分,今年になってからの私の最速記録だろうと思う.久々に2時間20分台前半の記録なので,率直に嬉しい.それに全く疲労感なしに登れたので,私としてはまあ満足である.

<塔ノ岳山頂>

■尊仏山荘
 山頂で四方の写真を撮ってから,尊仏山荘に入る.
 今日の小屋番はWDさん.華伊達美弥雄さん(ネコのこと)は不在.先客はYGさんとYUさん.それに初めてお見受けする男性1人.300円也のお茶を所望する.
 お茶を飲みながら,取り留めもない話をしていると,まもなくSSKさんとMTさんが到着する.小屋の中がだんだんと賑やかになる.
 雑談をしている間に,山荘の窓越しに富士山を見ていると,だんだんと雲が取れて富士山が見え出す.
 10時前に,YUさんが山荘を出て下山開始.続いてTGさんが大倉でTDさんと打ち合わせがあるとかで下山開始.
 10時を少し過ぎた頃,山旅スクールの1期向拝のNJ女史,さらにNGさんが山荘に到着する.さらに,10時14分,HNさんが山荘に到着する.

■素晴らしい富士山
 私は少し時間を取って富士山とモミジ坂の紅葉の写真を撮りたかったので,皆さんより一足先に下山しようと思う.
 10時15分,尊仏山荘から外に出る.
 外に出た途端に,凍えるような冷たい風に晒される.
 ほんの30〜40分,尊仏山荘で油を売っていただけなのに,山頂の天候はすっかり変わっている.さきほどまで雲が一杯だったのに,青空が広がっている.そして,山麓に雲が棚引く富士山がとても良く見えている.
 とにかく,素晴らしい風景である.私は寒い風に耐えながら,早速,数枚の写真を撮る.

<塔ノ岳山頂からの富士山>

■花立山からの富士山
 風が吹きさらしの山頂はとにかく寒い.
 防寒具を着てから山荘を出れば良かったかなとも思うが,花立山荘まで下れば暑くなることが分かっているので,とにかく一刻も早く,風のないところまで下山することにしよう.
 下りは一人旅.自分勝手の速度で降りられる.山頂直下の木道と階段を大急ぎで下る.間もなく,風が当たらないところまで下山してひと息つく.
 10時34分,花立山に到着する.
 ここからの富士山の眺めは一段と素晴らしい.私はここで十分に時間を取って,富士山の写真を撮りまくる.

<花立山からの富士山>

■光る海
 花立山から相模湾を見下ろす.
 風になると太陽の位置が低くなるので,日光が海に反射して海が光るようになる.この光る海が見える季節になると,もうすぐ雪の季節になるなと予感する.
 もう私も十分に年を取っているので,厳冬期の北アルプスなどの高山は敬遠しているが,雪の丹沢を歩き回るのは大好きである.今年の冬はどんな具合になるんだろうなどと想像しながら,光る海の写真を撮る.

<花立山から光る海を見下ろす>

■後7分坂
 10時44分,花立山荘を通過する.山荘前のベンチは登山客で賑わっている.
 後7分坂を慎重に下り続ける.坂の途中で,登ってくるサングラスの女性に,突然,
 「FHさん…」
と呼び止められる.
 サングラスをしているので,私には何方か分からない.それを察してか女性はサングラスを外す.ああ,顔見知りの××さんだ! と直ぐに分かるが,お名前が思い出せない.これも寄る年波のせいで,私がぼけてきた証拠だろう.
 「ブログ拝見しています…年に1度の海外登山良いですね」
と言う.私の拙いブログを見て頂いているとは…恐縮至極である.
 
■萱場平でYKさんとバッタリ
 11時丁度に萱場平を通過する.そして,戸沢分岐に差し掛かるところで,これから塔ノ岳山頂を目指すYK編集長とバッタリ会う.
 「やあ…今日はお元気そうですね」
で立ち話.
 ついでに私ノデジカメで2人を入れた自分撮りを試みる.私は自分の右手にデジカメを持って手を伸ばし,シャッターを押す.数回繰り返してツーショットを撮ったので,この内,1枚ぐらいはチャンとした写真が撮れているかと思ったが,後で改めて見ると全部ダメ写真だ.この情けない状態もバカカメラのせいだとしたいが,こればかりは私ノ腕の悪さが原因だ.
 「良い写真があったら送ります」
と大見得を切ったが“ハズカシイ”.送れる写真がない.
 それにしても,コツコツと努力を重ねて,塔ノ岳山頂を目指すYKさんには心底から敬服する.

■ご常連が追い付く
 途中で紅葉の写真を撮りながら,ユックリ下山し続ける.
 11時17分,堀山の家を通過する.勿論,今日は平日なので堀山の家はお休みである.堀山の家を通過して間もなく,堀山の登り坂に差し掛かる.それほどの急勾配ではないが,この登り坂,結構長いので下り坂モードで歩いている私にはシンドイ.ついついノタノタと喘ぎながら登る.
 11時27分,富士山が良く見えるところに到着する.登りのときはここからは富士山は全く見えなかったが,今度は雲が多いものの富士山が見えている.早速,写真を撮るが,案の定,バカカメラでは富士山は写っていない.
 ”ウンニャロ〜…なんでテメエはオレの言うことを聞かないんだ…”
と愛用のバカカメラを罵りたくなるが,
 “待てよ,やっぱり,オレのカメラ術が未熟なんだ”
と反省する.
 そうこうしている内に,私より後に尊仏山荘を出たご常連4人に追い抜かれる.4人はHNさんを先頭に,勢いよく下山している.どうやら皆さんは私より15分ほど遅れて,10時30分頃下山を開始したようである.
 ここで会ったのも百年目…という訳ではないが,私も折角皆さんと一緒になったので,皆さんの歩調にあわせて下山することにする.

<堀山の尾根道にて>

■冬枯れの散策路
 堀山の尾根道は,こぼれ日が美しい散策路である.
 こぼれ日の中を歩く常連の皆様の後ろ姿が美しい.私は,また,皆さんから遅れてしまうのを覚悟して,写真を撮りまくる.

<こぼれ日が美しい散策路>

■モミジ坂の紅葉
 11時35分駒止茶屋を通過する.
 そして,モミジ坂に差し掛かる.この辺りの紅葉は今が見頃である.私はときどき立ち止まって紅葉の写真を撮りまくる.
 折角沢山の写真を撮ったのに,後で眼を通すと同じような写真ばかりである.でも,まあ,折角だから,その中から2枚だけここで披露しておこう.

<モミジ坂の紅葉(その1)>


<モミジ坂の紅葉(その2)>

■今日も無事帰宅
 先頭を行くHNさんの下山速度がとても速い.私も付いて行くのがやっとである.その内に,HNさん,SSKさん,それに私の3人と,後続の2人の間がバラケ始める.でも,どっちにしても大倉発12時22分のバスには間に合わない.ならば多少ばらけても大差ないので,私も成り行きに任せて下り続ける.
 12時27分,無事,バス停大倉に到着する.
 靴を洗ってから,バス停のベンチに座り込む.バス待ち.暖かい冬の日射しが実に心地が良い.程なく先ほどまでご一緒していた2人も到着する.その内に,近くの飲食店に居られたTGさん,TDさんがバス停に来られる.バス待ちの行列が少し長くなり始める頃,NGさんもバス停に到着する.結局,渋沢発大倉行1番バスに容赦していたご常連のほぼ全員が,帰りのバスでも一緒になる.
 私は,渋沢駅で皆様とお別れして,一人寂しく小田原行下り電車に乗車する.車内はポカポカと気持ちが良いので,ついつい居眠りをする.小田原駅での東海道本線上り電車の接続も良くて,14時45分頃,無事帰宅する.
 突然ながら,近くに住んでいる孫娘が来ている.家の中が賑やかになるのは有り難い.
 今日も良かった! 良かった!

<ラップタイム>

 7:05  歩き出し
 7:32  観音茶屋
 7:49  見晴山荘
 8:10  駒止茶屋
 8:25  堀山の家
 9:04  花立山荘
 9:15  金冷シ
 9:28  塔ノ岳山頂着(-0.0℃)
10:15     〃   発
10:27  金冷シ
10:44  花立山荘
11:17  堀山の家
11:35  駒止茶屋
11:55  見晴山荘
12:08  観音茶屋
12:27  大倉着

 [山行記録]

■水平距離         7.0km(片道)

■累積登攀下降高度   1269m

■登攀所要時間(雑談時間を含む)
  大倉   発        7:05
  塔ノ岳  着        9:28
  (所要時間)     2時間23分(2.38h)
  水平歩行速度    7.0km/2.38h=2.94km/h
  登攀速度       1269m/2.38h=533.2m/h

■下降所要時間(休憩時間を含む)
  塔ノ岳  発       10:15
  大倉   着       12:27
  (所要時間)      2時間13分(2.22h)
  水平歩行速度     7.0km/2.22h=3.15km/h
  下降速度        1269m/2.22h=571.6m/h
                                      (おわり)

「丹沢の山旅」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/b2d1181329452e3c071e2bd5c10150b8
「丹沢の山旅」の次回の記事
(なし)


歩いて巡る甲州道中四十四宿(第7回);第1日目(1);石和宿から酒折へ

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                                      <魔利支天の前で>

  歩いて巡る甲州道中四十四宿(第7回);第1日目(1);石和宿から酒折へ
             (五十三次洛遊会)
       2013年11月16日(土)〜18日(月)

<第7回行程の概要>



■第1日目;2013年11月16日(土)
 今回は2泊3日で,次の行程を歩いた.
 第1日目は,中央本線石和温泉駅に集合.石和宿から甲府新町宿を歩く.
 途中,甲州街道から外れて,甲斐善光寺を参拝する.その後,今日の宿泊場所,甲府ワシントンホテルに立ち寄って,荷物を置いてから,円光寺,武田神社など武田信玄ゆかりの社寺,史跡を見学した.
 甲府ワシントンホテル泊.

■第2日目;2013年11月17日(日)
 甲州道中を歩く前に,甲府駅前の武田信玄像,甲府城趾を見学する.その後,甲州道中を辿り韮崎宿へ.
 今日の宿泊場所,ルートインコート韮崎にチェックイン後,平和観音を訪れる.

■第3日目;2013年11月18日(月)
 ルートインコート韮崎から歩き始める.信州往還を経由して万休院まで歩く.万休院からタクシー相乗りで,JR中央本線日野春駅まで.ここで解散.

第1日目;2013年11月16日(土) 晴

<ルート地図>

■第1日目ルート地図


■ルート地図(詳細)



<石和温泉駅集合>

■当初予定のコースを変更
 月日が過ぎ去るのは早いもので,9月に開催された第6回甲州道中の旅を終えてから,もう2ヶ月も経過している.実のところ,その間,今回,第7回の行程をどうすべきかについて,随分迷いに迷っていた.
 私たちが計画立案の参考資料にしている某旅行会社の資料では,甲州道中の要(かなめ)とも言える甲府市内を素通りしている.これは勿体ない.せめて武田信玄に縁(ゆかり)のある社寺,遺構など多少なりとも見ておきたい…そう思った私は,某旅行社の行程の1日分を2日間掛けて歩く案を想定した.そして,甲府市内にある極々重要な社寺,遺構,史跡だけを幾つか選んで観光するという案を作った.
 幹事の方々と事前に打ち合わせをして,今回は,某旅行社の第1日目の行程を,2日掛けて歩くことが了承された.誠に喜ばしいことである.

■朝はユックリ時間を取って…
 あたふたと多忙な日々が瞬く間に過ぎ去って,今日は,もう,第1日目を迎える.
 加齢とともに起床時間が早くなるのは困ったものである.もっとも,朝が早くなる分だけ,前夜はまだ夕方なのに眠くなってしまうから,さらに困ったものである.揚げ句の果て,この頃では19時30分から20時頃には眠くて堪らなくなり,ついつい就寝してしまう.そして朝かなと思って目が覚めると,まだ,同じ日の24時頃…なんてことがしばしばである.
 今朝も全くこのパターンだ,“草木も眠る丑三つ時”ではないが,真夜中の1時半頃めがさめてしまう.
 “この馬鹿め! 何でこんな中途半端な時間に目が覚めるんだ…!”
と,私の体内に潜むもう一人の私が,私を責める.
 “そんなこといったって…何も好き好んで,こんな時間に目覚めたわけではないんだよ…”
と毎度同じ愚痴を言う.
 私は手許に目覚まし時計を持っていない.多分,携帯電話に目覚まし機能は付いているはずだが,使ったことがない…というよりは使い方が分からないし,覚えようともしない.こうなったら,仕方がない.私はウトウトしているような,夢見ているような,とても中途半端な状態で,ひたすら時間が過ぎるのを待つ.それでも,遂に堪らず4時頃起床する.
 寒い! それも,夜明けが近付くにつれて,ますます寒くなる.今更,暖房を付ける気にもならない.私は,まだ,まだ,出かけるには早すぎることを十分承知の上で,5時50分に家を出発する.ただ,この頃,塔ノ岳に出かけるときには,何時も4時10分に家を出発しているので,それに比べれば,5時50分なんて,十分すぎるぐらい遅い時間である.
 自宅近くの湘南モノレール駅からモノレールに乗って,6時11分に大船に到着する.今日は?浜発7時46分特急「はまかいじ」に乗車する予定である.このまま東海道本線の電車に乗って?浜へいったのでは,?浜駅で時間を持て余す.それも辛いので,大船駅前のマクドナルドに入って,フィレオフィッシュセットを注文,コーヒーをユックリ賞味しながら,時間を潰す.

<マックでフィレオフィッシュセットを注文する>

■特急「はまかいじ」に乗車
 やっと時間を潰して,?浜発7時46分特急「はまかいじ」に乗車する.車窓からの眺めをゆっくりと楽しみたいので,あらかじめ窓際の指定席を取ってあった.私の指定席は5号車.
 “5号車はどの辺りかな…”
とキョロキョロしながら,ホーム歩いていると,途中で今回同行するAKB夫妻とバッタリ会う.AKB夫妻にお会いできたので,
 “やっぱり,間違いなく,今日が開催日だったな…”
と確認することができ一安心である.
 何時も心配性な私は,旅に出掛けるときに,本当に今日が旅の日なんだろうなと疑心暗鬼になる.まあ,とにかくAKBさんにお会いできて“ホッ”とする.
 列車は,?浜から?浜線を経由して八王子で中央本線に入る.こんなことを書いてはいけないかもしれないが,「はまかいじ」が?浜線内を走っているときは,速度が実に遅い,先行する各駅停車の電車を追い越すわけにも行かないのでやむを得ないんだろうなと思いながら,それでも車窓を眺めているのは実に楽しい.
 ?浜線の線路から中央本線に線路に入る転轍機の様子も気になって仕方がない.列車が八王子駅近くに来ると,カタカタと幾つもの転轍機を渡って,何の拘りもなく中央本線の下りホームに入ったとき,私は一寸感激した.こんなどうでも良いことに興味を持つのは,私が元列車マニアだったからかな…
 列車はやがて甲斐路に入る.車窓からの風景が一段と美しくなる.この辺りの紅葉は鎌倉に比較すると幾分早いようで,今が紅葉の見頃を迎えているようである.車窓からの眺めが実に良い.これだから旅行は止められない.

<車窓から美しい紅葉を堪能する>

■石和温泉に到着
 列車は私が知らないうちに4〜5分遅延していたようである.でも,列車が遅延しているという車内アナウンスが一切なかったので,私は電車がてっきり定刻で走っていると思っていた.石和温泉に到着する時間が近くなると,気分がソワソワしてくる.乗り越しては大変である.
 特急「はまかいじ」は実に沢山の駅に停車する.その度に,
 「次は○○です…」
という車内アナウンスが気になる.
 ところが石和温泉に到着する時間になっても,なかなか○○が石和温泉にならない.次はナントカと駅名がアナウンスされる毎に,
 “ひょっとして,石和温泉を乗り過ごしたかな”
と心配になる.
 9時57分,定刻より約5分遅延して,石和温泉に到着する.そして,やっと列車が遅延していることに気がつく.

<石和温泉に到着>

■石和温泉駅集合
 10時頃,参加者全員が石和温泉駅に集合する.今回の参加者は11名.内訳は男性6人,女性5人である.明日から参加される方がお一人居られるので,明日からは12名の予定である.
 まずはリーダーのOKさんから挨拶.
 当初予定の行程から,甲府市内を重点的に回るコースに変更したことの説明と了承をお願いする.その結果,参加者全員の快諾を戴く.
 10時05分,石和温泉駅から歩き出す.

<石和温泉駅に集合>

<石和宿;前回の続き>

■古い道標
 石和駅前の通りを南に向けて歩く,
 10時39分,前回第6回目の終点,甲州街道との交差点に到着する.この交差点を右折したところが今回の甲州道中歩き出し地点になる.
 取りあえずは石和宿の後半を歩くことになる,なお,石和宿の概要は前回の記事に掲載したとおりである.
 10時44分,「左甲****」と刻字された石柱の前を通過する.この石柱は,多分,江戸時代末期に立てられたもののように思えるが定かではない.また,「甲」以下の文字は摩滅している上に変体仮名で書かれているようなので私には読めない.
 この石柱が何かは手許の文献や資料を見ても良く分からないが,まあ,念のために写真を撮っておく. 

<古い道標>

■平等橋
 10時47分,平等川に架かる平等橋を渡る.
 資料1によると,平等川は京都宇治川に匹敵するぐらい蛍が見事だったので平等川と命名されたという.

<平等橋を渡る>

■とりもつ神社
 資料1を頼りに歩き続ける.
 資料1によると,平等橋を渡ってほんの少し歩いたところに「とりもつ神社」があると書いてある.神社の名前がユニークなのでどんな神社かと期待しながら歩く.
 10時54分,広い駐車場のある焼き鳥屋の前に到着する.焼き鳥屋のお店の前に派手な朱色の鳥居が立っている.その鳥居の額に金色で「とりもつ神社」と書いてある.これを見て,ビックリしたような,ガッカリしたような気分になる.
 小振りながら立派な社殿が安置されている.丁度そのときこの店の従業員の方が,傘を2本広げて社殿の前で干し始める.写真を撮ろうとした私はガッカリする.その様子を見ていたもう一人の男性店員が,気を利かせて傘をどけてくれる.私はお礼を言ってから,神社の写真を撮らせて貰う.
 特に歴史的な価値を云々することは意味のない神社だが「取り持つ」ことをテーマにした神社だということで,強く印象に残る.
 仲間のどなたかの話によると,この焼き鳥屋さん(とりもつやさん)は大変有名なお店だとのこと.

<とりもつ神社>

<酒折付近を歩く>

■丸石道祖神
 私たちは和戸町という集落に入る.そして,11時01分,丸石道祖神に到着する.なるほど,直径30〜40センチメートルほどの丸い石が台座の上に乗っている.
 丸石道祖神の周囲にはいくつかの石塔が立っている.これらの石塔が何かは良く分からない.この近くに和戸町由来碑があるはずだが,どれがその碑なのか確かめられないまま通過してしまう.この辺りが一人旅でない辛さである.

<丸石道祖神>

■藤建神社
 10時02分,丸石神社の直ぐ近くの信号甲運小学校入口を渡る.この信号を右折して200メートルほど入ったところに藤建神社があるはずだが,余り時間がないので立ち寄らずに通過する.
 下の写真はこの信号を右折した道を撮したものである.多分,右手に見えている森のところに藤建神社があると思われる.
 なお,藤建神社の由来など,手許の資料では不明である.

<藤建神社の森>

■在原塚跡
 11時07分,信号和戸町に到着する.資料1によると,この信号を左折して200メートルほど歩いた右手に在原塚跡がある.
 私たちはこの信号で左折して,塚を見落とさないように.左右を慎重に見ながら歩き続けるが,なかなか見当たらない.その内に,小さな川に突き当たる.明らかに塚の位置を通り過ぎている.丁度,付近で工事をしている方に在原塚がどこにあるか伺ってみるが分からない.ただ現在地だけは確認できた.
 今来た道を引き返す途中で,丁度,近くの住宅から出てきた主婦の方にも伺ってみる.それでも,この塚が何処にあるのかサッパリ分からない.
 もし資料1の記述が正しくて,私たちが地図を見誤っていないとすれば,この塚は,多分,下の写真に写っている辺りにあるはずである.
 もうこれ以上時間を費やすわけにも行かないので,在原塚は諦めて,先を急ぐことにする.
 帰宅後,資料2(p.331)の記述を見ると,この辺りに在原業平の子滋春の墳があったが,今は失われてしまったと書いてある.つまり,私たちはないものを一生懸命になって探していたことになる.

<在原塚はこの辺りかな?>

■小社
 11時25分,信号跨線橋南を横切る.
 11時28分,赤い鳥居と小さな社殿の神社に到着する.境内に二宮金次郎の像が安置されている.
 “何という神社なんだろう?”
 手許の資料では小社と書いてあるだけで神社の名前は分からない.
 そういえば,昔,昔,私が通っていた小学校(正確には国民学校)にも二宮金次郎の像があったなと懐かしく思い出す. 

<二宮金治郎像のある小さな神社>

■中央本線の特急電車
 11時30分,信号山崎三叉路に到着する.
 この三叉路を鋭角に右折する.そして中央本線の踏切を渡る.丁度そのとき踏切の信号が鳴り出す.間もなく下り電車がやってくる.私は電車とネコは出会ったときに写真を撮ることにしている.同行の皆さんが待っているのを承知で,電車の写真を撮る.
 なかなかシャッターチャンスが上手くいかなくて.電車の先頭部分が電柱の陰になってしまったのが残念である.

<中央本線踏切>

■魔利支天
 踏切を渡ったところに魔利支天のお社がある.魔利支天は武士の守護神である.資料1によると,疫病が流行したときに,力承(りきしょう)なる者がここで祈祷を行って疫病を鎮めたという言い伝えがあるようだ.

<魔利支天>

■題目塚と刑場跡
 再び踏切を渡って信号山崎三叉路へ戻る.
 11時40分,題目塚に到着する.南無妙法蓮華経と大きな刻字のある石塔が立っている.資料2(p.332)によると,ここは江戸時代の刑場跡だという.

<題目塚>

■酒折宮と日本武尊御旧跡社標
 11時40分,日本武尊社こと酒折宮の入口に到着する.酒折宮は,この道標のところで右折して,中央本線の踏切を越えたところになる.
 資料1によると,酒折は坂折とも書き,この辺りは古代甲州のの中心地であったという.また資料2(p.332)によると,「日本武尊が東征の帰途に“にひばりつくばをすぎていくよかねつる”と問うと,土地の翁が“かかなべて夜にはここのよ日にはとをかを”と答えたので,尊は翁を褒めて東(あずま)の国造とし,火打袋を与えたという.この火打袋が祭神だという」.また,「このやり取りが連歌の初め」だと説明している.
 
<酒折宮道標>                                         <日本武尊旧跡の案内杭>


[参考文献]
資料1;完全踏査街道マップシリーズ「ちゃんと歩ける甲州道中四拾四次」五街道ウォーク事務局
資料2;今井金吾,1998,『今昔三道中独案内 日光・奥州・甲州』日本交通公社
                                         (つづく)

「甲州道中」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/bb39700eaca20940bfbf9edb6ec2f83f
「甲州道中」の次回の記事
(編集中)
「甲州道中」の索引
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/a622a87fbc7f4454e3e837fc990ece58

※お願い
 この記事はあくまで個人的趣味,仲間との情報共有を目的としたものであり,第三者を読者の対象にはしておりません.
 記事の正確性は保証しかねます.なるべく誤字脱字転換ミスは少なくするように努力しますが,不具合は多々残っているでしょう.これらがご不快に思われる方は,どうぞ当ブログへアクセスしないようにお願いします.







閑話休題;足底板更新;多寡が1ミリ,されど1ミリ

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                    <新しい派手派手の足底板を敷いた軽登山靴>

    閑話休題;新しい足底板;多寡が1ミリ,されど1ミリ

2013年11月28日(木)

■1年半ほど前…
 私の趣味の一つが軽登山.ここ15〜20年ほどの間,丹沢の塔ノ岳へ,週に1〜2回の頻度で,飽きもせずセッセと通っている.
 ところが,2年ほど前から,加齢のためか,それとも不摂生のためか原因は分からないが,下山する頃になると,両足の足の裏が痛くなることが多くなった.
 そこで,私は自宅近くにあるかなり大きな病院の整形外科を訪れた.今から約1年半ほど前のことである.
 この病院では,診察前に,まずは両足のレントゲン写真を撮ってこいとのこと,その後,ドクターの診察である.
 ドクターはレントゲン写真を見る.私ノ実際の足など見ないまま…
 「…踵に小さな骨ができていますね.歩いている内に,この小さな骨に周りの筋肉が当たって炎症を起こしたんでしょう.湿布薬を出しますので,痛いときは貼って下さい…」
で診察は終わる.
 診察の間,私の顔も足も殆ど見ないまま…あっけない!
 その後,湿布薬を貼ってみるが,どうも効果が今ひとつである.

■1年半前に足底板を作る
 以前,このブログの記事にしたことがあるが,そんなある日,偶然,大船駅前にある岩田整形クリニックを訪れた.このクリニックのドクターは,ご自身が百名山踏破,フルマラソン,トライアスロンなどに参加すると同時に,いろいろな障害もご自身で経験されている.私は,この先生の診断なら間違いないと思った.
 案の定,このクリニックは評判が良いらしくて,大変混雑している.初回,訪れたときは大変長く待たされたが,診断結果には私も大満足だった.
 約1年半前に,先生の指導で,足底板を作成した.費用は両足で22,660円.この費用は一旦自費で支払うが,診断書,領収書,保険証などを揃えて保険機関(私の場合は鎌倉市役所)で手続きすれば,費用の70%が戻ってくる.

■足底板を作り替える
 足底板の使用期間は1年半.使用期間が過ぎると,保険適用で新しい足底板を作ることができる.
 私の場合も,今年10月下旬で,使用期間の1年半が過ぎたので,新しい足底板を作ることにした.そして,再び岩田整形クリニックを訪れた.
 先生の診断を受けた後,義肢装具士に足形を取って貰う.義肢装具士は,私がこれまで使用してきた足底板を見てビックリする.
 「(この足底板は)随分,潰れていますね…一体,何時お作りになったんですか?」
 「1年半前ですが…」
 「えっ! 1年半前ですか! それにしては随分と潰れていますね.一体何をされているんですか?」
 「何をって言われても…まあ,週に1〜2度,丹沢の塔ノ岳を往復しているだけですが…」
 「そうでしたか! 登山ですか.道理で凄く潰れたんですね.足が痛くなりませんでしたか?」
 「ええ,まあ,今のところ,痛くはありません」
 毎日のように足底板を使っていると,足底板の潰れ方が少しずつなので,自分では減り具合が分からなかった.

■新しい足底板を履いてビックリ
 1週間後の今日,新しい足底板が完成する.
 義肢装具士が,新しい足底板の上に乗ってみるように私に勧める.新しい足底板の色は色鮮やかな赤.その赤が刺激的なのかどうか知らないが,ナルホド,これまで使っていた潰れた黄色の足底板とはまるで違う感覚である.
 「あれ,まあ! 随分違うものですね」
と私は驚く.
 「そうでしょう! 古いものと新しいものとの厚さの差は僅か1ミリメートルぐらいですが,これだけ違うんですよ」
 確かに僅か1ミリされど1ミリである.こんな僅かな差で,こんなに安定感があるとは!!
 人間の身体の微妙さに,改めて驚く.
 「では,この後,先生の診断を受けて下さい…もし,何か不具合がありましたら,何時でも言って下さい」
 改めて先生の診断を受ける.
 「随分,山に登っているんですね.どこも痛いところないですか」
で診断が終わる.
 次回,保険適用で新しい足底板に換えられるのは,1年半後の2015年5月28日である.大切に使わなければ…

<派手派手;まっ赤な足底板>

■古い足底板にパッドを貼る
 義肢装具士が,
 「足底板何枚お持ちですか?」
と私に聞く.
 「古いのと今度の新しいものだけです…」
 「もし,古い足底板をこれからもお使いのようでしたら,パットを貼っておきますよ」
 私は即座にお願いする.
 「スポーツ選手など,皆さんパットを貼って使っていますよ…」
 私は即座にパットを貼ってもらう.そして,パットを貼った古い足底板を靴に敷いて歩いてみる.
 「ありゃ…! 随分違うものですね」
 「そうでしょう! 皆さん,そう仰いますよ」
 「ところで,パット代,いくらですか?」
 「これはタダで結構です.また,足底板が不具合になったら,ドクターを通じて仰って下さい.調整します」

<パットを貼った古い足底板>

■多寡が1ミリ,されど1ミリ
 ところで,このパットの厚さはたった1ミリメートルに過ぎない.それでも,この1ミリメートルのお陰で,足底の安定感が天と地ほど違う.正に“多寡が1ミリ,されど1ミリ”である.靴の敷物などどんなものでも大した差がないとばかり思っていたが,これは飛んでもない間違いだとやっと気がつく.
 広い世の中には,私と同じように足の裏に違和感や痛みを感じたことがある人も多いと思う.このような経験をお持ちの方には,是非,専門医の診断を受けて,自分の足ピッタリの足底板を作られることをお薦めする.靴屋で適当な敷物を買ったのでは,足底の痛みは解消されにくいことを知って頂きたいなと思う…私の体験から.

2013年11月29日(金) 晴

■市役所で手続き
 私は,専門医の診断書,足底板の領収書,健康保険証などの書類一式を揃えて,鎌倉市役所の保険窓口を訪れた.窓口で書類に住所,氏名など諸事項を書いて医療費支給手続きを済ませた.
 私の場合,3割負担なので,足底板作成費用の7割は戻ってくる.ただし,3〜4ヶ月先になるという.でも,まあ,少々時間がかかっても,応分の費用が戻ってくるのは有り難いことである.
 TPPとやらの難しいことは,私ごときロートルには良く分からないが,こんなに有り難い保険制度だけは是非存続して貰いたいと思っている.

■ならば,やっぱりコーヒーだ
 市役所での手続きが済んでホッとする.
 市役所を出る.今日は上天気.日射しが眩しく暖かい.鎌倉駅周辺は沢山の観光客で賑わっている.そういえば,ここ半月ほど鎌倉駅周辺には来ていない.
 このまま帰宅するのもちょっと勿体ないので,鎌倉駅の建物の中にあるBeck'sで200円也のブレンドコーヒーを賞味しながらひと息入れる.
 …という訳で,昨日と今日の足底板の話はこれでおしまいである.

<鎌倉駅Beck'sのコーヒー>
                                   (おわり)

「閑話休題」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/10186a21d7fab6aac9ec65170e1d45e6
「閑話休題」の次回の記事
(なし)





 

歩いて巡る甲州道中四十四宿(第7回);第1日目(2);酒折宮と甲斐善光寺

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                          <酒折宮にて>

  歩いて巡る甲州道中四十四宿(第7回);第1日目(2);酒折宮と甲斐善光寺
             (五十三次洛遊会)
       2013年11月16日(土)〜18日(月)

<ルート地図>



<壮大な山梨学院大学>

■バス停山梨学院大学
 11時45分,私たちはバス停「山梨学院大学」に到着する.この辺りは,どちらを向いても山梨学院大学の巨大な建物が沢山建っている.実に壮大な大学である.
 正直なところ,私には山梨学院大学と言えば,新年の箱根駅伝の常連校だということぐらいしか知らない.実際にこの大学の建物を見て,大学の規模の大きさに仰天した.

<バス停山梨学院大学>

■山梨学院大学正門
 バス停近くに山梨学院大学の正門がある.正門近くにピカピカの大きな校舎が建っている.今日は休日のためか,人影は見当たらない.
 正門を入って直ぐのところのある大きなアーチが目に着く.
 “ピカピカな大学だな…”
と感心しながら正門前を通過する.
 その後も,次から次へと山梨学院大学関連の建物が眼に入る.山梨では有力な大学なんだろうなと想像しながら,先へ進む.

<山梨学院大学正門>

<北山野道に入る>

■酒折駅近くのコンビニで一休み
 11時52分,酒折駅前の道路と交差する.この交差点を右折して,ほんの100メートルも歩くと酒折駅である,駅に立ち寄って休憩でも取ろうかという意見もあったが,まあ,もう少し歩き続けようということになる.
 11時57分,幸いなことにコンビニに到着する.ここで昼食用の弁当を購入するために一休みする.
 
<酒折駅の案内標識>                              <コンビニに立ち寄る>

■酒折宮道標
 コンビニでの休憩を終えて,12時03分,再び歩き出す.そろそろどこかの社寺の境内を借りて食事のしなければならないが,昼食前に甲斐善光寺まで頑張ろうということになる.
 コンビニから少し先,郵便局の少し手前の三叉路に酒折宮の道標がある.ここを右折すると,すぐ先に中央本線の踏切が見えている.
 山梨学院大学の附属高校の生徒らしい集団が歩いている.生徒達の服装がきちんとしているので好感が持てる.なんとなく学校の躾が行き届いているような印象を受ける.
 踏切の向こうに酒折宮の建物が見えている.
 
<酒折宮道標>                                    <踏切の向こうに酒折宮が見える>

■魅力的な北山野道
 酒折宮の手前に北山野道の案内板がある.
 下の写真は北山野道の案内板を撮したものだが,ピントが甘くて読みにくいが,なかなか野趣豊かで楽しそうな散策路である.
 “次回の甲州街道の旅のときに.開催日の1日前にこの野道を歩いてみようかな…”
なんて密かに考えている.

<北山野道の案内板>

<酒折宮>

■酒折宮に到着
 12時07分,酒折宮に到着する.ここで参拝を兼ねて一休み.
 資料3には「『古事記』・『日本書紀』(以下「記紀」)には,ヤマトタケルの東征伝承が記されている.ヤマトタケルの東征は『古事記』では尾張から相模・上総を経て蝦夷に至り,帰路は相模の足柄峠から甲斐国酒折宮へ立ち寄り,信濃倉野之坂を経て尾張へ至ったとしている.一方,『日本書紀』では尾張から駿河・相模を経て上総から陸奥・蝦夷に至り,帰路は日高見国から常陸を経て甲斐酒折宮を経由し,武蔵から上野碓日坂を経て信濃,尾張に至ったとしている.帰路,甲斐路(現 山梨県)酒折の地に立ち寄って営んだ行宮が当社に因むとされている.行在中に尊が塩海足尼を召して甲斐国造に任じて火打袋を授け,「行く末はここに鎮座しよう」と宣言したため,塩海足尼がその火打ち袋を神体とする社殿を造営して創祀したと伝える.」という説明がある.
 なお同資料によると,この神社の社格は村社である.

<酒折宮>

■連歌発祥の地
 境内の一角に巨大な石の連歌の碑がある.酒折宮は連歌発祥の地のようである.
 資料4には「古代,ヤマトタケルノミコトが東征の帰途に甲斐之国・酒折宮に立ち寄り,火焚きの翁と
「新治 筑波を過ぎて 幾夜か寝つる」
「かがなべて 夜には九夜 日には十日を」(「古事記」「日本書紀」)
と問答を交わしました.これが連歌の始まりとされています.古代から時空を超えて,5・7・7の片歌問答が「酒折連歌」として現代に蘇ります.」という説明がある.

<連歌の碑>

■本居宣長碑
 境内にある本居宣長碑を見学する.浅学の私には,この碑に何が書いてあるのか全く分からない.
 資料3には「本居宣長は,甲斐在住の門弟である伊萩原元克に依頼され『酒折宮寿詞(よごと)』を撰文し,それから48年後の1839年(天保10年)になり平田篤胤の書によって『酒折宮寿詞』は『酒折祠碑』と並んで建立され,2つの碑文は現在も酒折宮境内に残っている.」という説明がある

<本居宣長碑>

<甲斐善光寺>

■壮大な社殿
 12時11分,酒折宮を出発する.往路を甲州街道まで戻って,再び西へ向けて歩き出す.
 12時20分,三叉路にある信号善光寺入口に到着する.ここで右折して甲斐善光寺の参道に入る.
 12時30分,甲斐善光寺に到着する.
 資料5には,「当山は,開基武田信玄公が,川中島の合戦の折,信濃善光寺の焼失を恐れ,永禄元年(1558),御本尊善光寺如来をはじめ,諸仏寺宝類を奉遷したことに始まります.ここ板垣の郷は,善光寺建立の大檀那本田善光公を葬送した地と伝えられ,信濃より大本願上人以下,一山ことごとくお迎えいたしました.その後,武田氏滅亡により,御本尊は織田・徳川・豊臣氏を転々といたしましたが,慶長三年(1598)信濃に帰座なさいました.甲府では新たに,前立仏を御本尊と定め,本坊三院十五庵を有する大寺院として浄土宗甲州触頭を勤め,徳川家の位牌所にもなっておりました.」という説明がある.
 ところが資料6には「戦国時代に入ると,善光寺平では武田信玄と上杉謙信が信濃の覇権を巡り,川中島の合戦を繰り広げました.弘治元年(1555年),武田信玄は御本尊様や多くの什宝,寺僧に至るまで,善光寺を組織ごと甲府に移しました.その武田家が織田・徳川連合軍に敗れると,御本尊様は織田家,徳川家の祀るところとなり,最後は豊臣秀吉が京都・方広寺の御本尊としてお奉りいたしました.そして,秀吉の死の直前,如来様がその枕元に立たれ,信濃の地に戻りたい旨をお告げになり,それによって慶長三年(1598年),四十数年ぶりに善光寺にお帰りになられました」と淡々とした記述になっている.
 
<甲斐善光寺>

■境内の一角で昼食
 私たちは,13時15分まで,ここで自由行動,その間に,寺院の見学と昼食を済ませることにする.建物の中に入って見学する方,池の畔で鯉を眺めながら日向ぼっこをする人などひとそれぞれである.
 一同,池の畔のベンチに座り込んで昼食を摂る.秋の日射しが心地よい.
 人の気配を察してか,池の鯉が酔ってくる.

<池の鯉>

■お咳婆さんの石
 昼食後,まだ少々時間があるので,境内を散策する.仏像など見て回るが,ちょっと気になったのが,下の写真の「お咳ばあさんの石」である.
 傍らにある説明文によると.この石を拝むと咳が止まるとのことである.

<お咳婆さんの石>

<一旦,ワシントンホルヘ>

■枡形を通過
 昼食を終えて,13時16分に甲斐善光寺を出発する.
 往路を引き返して,13時26分,再び甲州街道に突き当たる.そして甲州街道を西へ向けて歩き始める.
 JR見延線善光寺駅近くのガードを潜ってから,鍵の手に曲がる枡形を通過する.
 
<西に向けて歩き続ける>                        <JR身延線のガードを潜る>

■印傳屋
 13時42分頃,JR身延線の金手(かねんて)駅近くでクランク状に曲がる道を通過する.
 地図を見ると近くに尊躰寺という寺があるようだが,参拝・見学は省略する.クランク状の曲がり道を通過して,再び西へ向かう.辺りの様子が賑やかになり始める.
 12時50分,印傳屋に到着する.資料1によると,ここは天正10年(1582年)創業の伝統的鹿革工芸の老舗のようである.ただ,現在の店舗は近代的なビルになっている.
 私たちは印傳屋前の四つ角を右折し,一旦中山道を離れて,武田信玄の墓,武田神社など武田氏ゆかりの社寺史跡を訪ねる予定である.
 ただ,リーダーの意向で,この近くに今夜宿泊する予定の甲府ワシントンホテルがあるので,ホテルに荷物を預けて身軽になってから歩こうということになる.

■甲府ワシントンホテル着
 NTT近くの交差点を左折する.
 13時53分,甲府ワシントンホテルに到着する.
 ホテルフロントに荷物を置かせて貰い.トイレ休憩を取る.
 「なるべく早く要事を済ませて下さい…」
とリーダーが指示をする.
 休憩後,甲府市推奨の「山裾の古の道・武田氏縁の史跡散策」コースを一回りする予定である.

<甲府ワシントンホテル>

[参考文献]
資料1;完全踏査街道マップシリーズ「ちゃんと歩ける甲州道中四拾四次」五街道ウォーク事務局
資料2;今井金吾,1998,『今昔三道中独案内 日光・奥州・甲州』日本交通公社
資料3;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%85%92%E6%8A%98%E5%AE%AE
資料4;http://www.city.kofu.yamanashi.jp/kokubun/kokubun/renga.html
資料5;http://www.kai-zenkoji.or.jp/2/
資料5;http://www.zenkoji.jp/
                                         (つづく)

「甲州道中」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/84b4eb03afa4f7c0b4aad179f0b6b179
「甲州道中」の次回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/af59416a3c46c903ff33137ae7f8a402
「甲州道中」の索引
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/a622a87fbc7f4454e3e837fc990ece58

※お願い
 この記事はあくまで個人的趣味,仲間との情報共有を目的としたものであり,第三者を読者の対象にはしておりません.
 記事の正確性は保証しかねます.なるべく誤字脱字転換ミスは少なくするように努力しますが,不具合は多々残っているでしょう.これらがご不快に思われる方は,どうぞ当ブログへアクセスしないようにお願いします.

歩いて巡る甲州道中四十四宿(第7回);第1日目(3);山裾古の道を大泉寺へ

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                                <紅葉が素晴らしい大泉寺>

 歩いて巡る甲州道中四十四宿(第7回);第1日目(3);山裾古の道を大泉寺へ
             (五十三次洛遊会)
       2013年11月16日(土)〜18日(月)

<ルート地図>



<山裾古の道へ>

■印傳屋からバリエーションコースに入る
 甲府ワシントンホテルに荷物を置いた私たちは,14時20分に「山裾古の道」を目指して,ホテル前から歩き出す.このコースは甲州街道からは完全に外れているが,折角武田信玄ゆかりの甲府に来たのだから,ただ通過してしまうだけでは勿体ないということで,私が提案して参加者全員の了承を得たバリエーションコースである.したがって,もし私たち以外の方で,この記事をお読み頂いている方が居られたら,ご一緒に寄り道をお付き合い頂きたい.
 身軽になった私たちは,印傳屋の角まで,今来た道を引き返す.もっとも,荷物を開いて仕分けするのが面倒な私は,ホテルに荷物を置かずにそのままリュックを背負っている.大して沢山の荷物を持っているわけでもない.それもあって,例によって,“まあ,いいか”のグウタラ節が跳びでたに過ぎない.
 14時03分,再び印傳屋ビル前の交差点に到着する.この交差点から左折して,細い道を北へ向かう.

<印傳屋ビルの前の交差点を左折する>

■山裾古の道に入る
 ただ,道案内役を買って出た私も,歩いたことのないところである.
 「もしかしたら,曲がる道が1本間違えているかもしれません.とにかく,中央本線のガードを潜るところを探しましょう…」
と予防線を張る.
 でも,幸いなことに,印傳屋の角を曲がったのが正解で,程なく中央本線のガードを潜る.
 ガードの先には,このルートの最初の訪問先である長禅寺の大きな山門が見えている.
 14時12分,長善寺に到着する.

<長善寺>

■長善寺山門
 ここは甲府五山筆頭の寺である.ちなみに甲府五山とは長善寺,能成寺,東光寺,円光院,宝泉寺である.資料2によれば臨済宗の寺である.
 甲府市観光案内によると,この寺は武田信玄の母,大井夫人の菩提寺である.「もともと鮎沢(現南アルプス市)にあったものをこの地に新たに創建し,鮎沢にある古い寺は古長善寺となった.ここには信兼が描いた婦人像が保存されている」という.
 同観光案内の記事によると,開山は岐秀元伯.大井夫人が招聘した人物だという.彼は武田信玄の幼少期の学問,政道の師で武田信玄の人間形成に多大な影響を与えた人物だったようである.
<長善寺の山門>

■五重塔
 山門を潜って境内に入る.予想以上に広大な境内である.
 丁度,何かの工事をしているらしく,工事現場を廻り込むようにして,本堂の方へ回る.目の前に三重の塔(正確に何と呼ぶのか分からない)と五重塔が並んでいる.
 「凄いお寺だ…!」
 私たちはお寺の偉容に圧倒されながら参拝を済ませる.

<五重塔が見える>

■大井夫人の墓
 境内に立派な墓がある.多分,大井夫人の墓だろうと信じて,交替で参拝する.
 その後,また工事現場を廻り込むようにして,山門まで戻る.

<大井夫人の墓?>

<みはらし台から華光院へ>

■富士山が顔を出す
 14時32分,長善寺を出発する.
 正確で詳細な地図がなかなか入手できないので.どこから「山裾古の道」が始まるのか良く分からないが,とにかく山門を出てから中央本線の線路沿いに西へ向かう.一寸した登り坂である.
 中央本線の線路沿いの坂道を登って,線路と同じ高さになると,遠くに富士山が見え始める.
 「あっ! 富士山が見える…」
一同大喜びである.何だか富士山から元気を貰ったような気分になる.

<富士山が見え始める>

■やますそ古の道の道標
 線路沿いの道を登ると三叉路に突き当たる.多分,右に曲がるのだろうと勝手に判断して,三叉路を右折する.やや急な登り坂が連続する.
 14時33分,急坂の途中の三叉路の路肩に「やますそ古の道」と書いてある道標があるのに気がつく.その道標の先は焼き煉瓦(煉瓦状ブロック?)を敷き詰めた小綺麗な道である.この道に間違いないと判断して,さらに急坂を登り続ける.

<古の道の道標>

■急坂の連続
 坂の途中で,また三叉路に突き当たる.ここには道標がないので,どちらへ行ったら良いのか少々迷う.“ままよ…”ということで,左手の道を40〜50メートル歩く…が,どうもあやしい.湖野道ではなさそうだ…で,再び三叉路に戻り右側の急勾配の道を登る.
 登るにつれて次第に視界が開けて,甲府市内が見通せるようになる.

<急坂の連続>

■みはらし台に到着
 14時45分,なんとか「みはらし台」に到着する.
 何人かの方には,この登りが結構きつかったらしく,ヘタヘタとみはらし台のベンチに座り込む.図らずも自然休憩である.
 ここは山裾を造成したところである.ベンチの後ろに背の高い金網の柵が張り巡らされているのが無粋である.どうやら金網の中には無線中継局があるようだ.
 地図を見ると,みはらし台の後ろには,こどもの国という遊園地や愛宕山があるようだ.

<みはらし台で休憩>

■みはらし台からの展望
 みはらし台からの展望を楽しむ.
 標高がそれほど高くないので.高度感はないが.甲府市内の展望が開けている.古の道の下には,道に沿って沢山の寺が並んでいるらしく,墓地が続いているのが見下ろせる.
 地図で確かめると,この道の下には愛宕神社,八雲神社,妙運寺,宗信寺などの社寺が並んでいるようである.
 もし時間があれば,帰りにこれらの社寺も見学できるが,時間的に一寸無理だろうと思う.

<みはらし台からの眺望>

■華光院
 暫くの間,見晴の良い散策路が続く.尾根の斜面をトラバースする緩やかな下り坂である.この下り坂が結構長い.坂の直下にはどこの寺の墓地か分からないが,墓地が延々と続く.墓地の先は住宅地が広がっている.
 私たちは地図を見ながら…と言っても,私が適当に作った地図だが,華光院を目指して歩き続ける.
 やがてトラバース道は突き当たって,急角度で左折し急な下り坂になる.その突き当たりに墓地があるので,ここが多分華光院だろうと見当を付けて,墓地の前の駐車場に入る.
 14時58分,華光院に到着する.
 境内には,あんないぶんのようなものは一切なく,人気もない.私があらかじめ調べた中では,この寺の由来などは全く分からない.何となくとりつく島もないような雰囲気である.
 “長居は無用だ…!”
と私は心の中で思う.
 ただ皆さんの中には,かなり長い間歩いて来たのでお疲れの方も居られるようなので,境内の広場でほんの数分立ち休憩を取る.

<華光院>

<大泉寺>

■華光院から大泉寺へ
 15時02分,華光院を出発する.
 S字型の急な下り坂を下りて,山裾の住宅地に入る.私が作った不完全な地図しか頼りになるものはないので,辺りをキョロキョロ見回しながら,緩やかな登り坂を慎重に歩き続ける.
 15時08分,Y字型の分岐に到着する.
 “さて,どっちへ行くんだろう…?”
と一瞬迷うが,右手の道端に「大泉寺」の案内杭があるのを見つける.内心で,
 “やっぱり間違っていなかったな…”
と安心する.
 右折して案内杭のある道を急ぐ.
 予定より大分時間が押している.このままでは,明るい内に武田神社まで辿り着けないのではないかと心配になる.
 だらだらとした緩やかな登り坂が続く.目の前には丘陵が迫っている.

<大泉寺の案内杭>

■大泉寺総門
 15時10分,大泉寺に到着する.立派な総門が建っている.総門の脇には総門の案内文が掲示されているが,少々細かいことなので,ここでは省略する.
 甲府市観光協会の資料によると,武田信虎によって,大永元年(1521年)が開基した寺である.天桂禅長が開山,信虎の菩提寺である.

<大泉寺の総門>

■武田三代公御霊廟
 総門から境内に入る.
 境内の紅葉が実に見事である.一同立ち止まって,紅葉を愛でる.勿論私も紅葉の写真を沢山撮りまくる.
 参道をそのまま進むとお堂に突き当たる.このお堂が武田三代公御霊廟である.

<武田三代公御霊廟>

■五輪塔と宝篋印塔
 お堂の裏手に回ると,立派な五輪塔と宝篋印塔が3基並んでいる.どうやら,これが武田三代の墓のようである.私たちは真面目に参拝する.

<五輪塔と宝篋印塔>

[参考文献]
資料1;完全踏査街道マップシリーズ「ちゃんと歩ける甲州道中四拾四次」五街道ウォーク事務局
資料2;今井金吾,1998,『今昔三道中独案内 日光・奥州・甲州』日本交通公社
資料3;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E7%A6%85%E5%AF%BA_(%E7%94%B2%E5%BA%9C%E5%B8%82)
                                         (つづく)

「甲州道中」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/cf8a21c68898f2afdea5874e011aa81e
「甲州道中」の次回の記事
(編集中)
「甲州道中」の索引
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/a622a87fbc7f4454e3e837fc990ece58

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歩いて巡る甲州道中四十四宿(第7回);第1日目(4);円光院から武田神社へ

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                                   <武田神社にて>

 歩いて巡る甲州道中四十四宿(第7回);第1日目(4);円光院から武田神社へ
             (五十三次洛遊会)
       2013年11月16日(土)〜18日(月)

<ルート地図>


※再掲

<河尻塚>

■複雑なルート
 私たちは武田三代公御廟の見学を終えて,15時25分に大泉寺を出発する.
 私の作った不確かな地図だけが頼りなので,はなはだ頼りないが,まあこの地図しかないので仕方がない.疑心暗鬼ながら地図を頼りに西へ進む.道路の両側には閑静な住宅街が続く.
 やがて,先ほど三叉路で枝分かれした道に再び突き当たる.右折してこの道に入る.相変わらず緩やかな登り坂である.夕暮れが次第に迫っている.ガイド役の私は内心で少しばかり焦りだしている.
 地図を見ながら,ここと思われる十字路で右折して,東に向かう.途中で古の道を示す案内標識を見て内心でホッとする.
 案内標識のところで,左折して北に向かう,そして,再びここだと思われる場所で右折する.この十字路の直ぐ近くに川尻塚があるはずである.ところが,ここと思われる場所にはどうしても見当たらない.
 私たちは川尻塚の見学を,半ば諦めて先へ行こうとしたときに,進行方向右手の金網腰に川尻塚の案内板があるのに気がつく.
 
<金網越しの案内板>

■川尻塚に到着
 実際に川尻塚がある場所よりも少し先へ進んで,右手にあるセキュリティ防災センターの敷地らしいところに入る.公園風の広場になっている.広場から見事に紅葉した樹木が見えている.防災センターの建物を廻り込むようにして,広場の片隅にある川治里塚に到着する.
 何を意味しているか良く分からない小さな塚石が置かれている.私にはリスかウサギが上を向いているようにも見えるが,一体何だろう.
 甲府市発行の観光案内によると,川尻塚は,「武田氏滅亡後,織田信長の家臣川尻秀隆が甲斐一国を賜ったが,本能寺の変以降地位が暗転し,一揆が起こり,この地で逆さまにされて埋められた」ところだという.

<川尻塚>

<武田信玄の墓>

■ツアー客と鉢合わせ
 15時39分,川尻塚から歩き出して,15時44分に武田信玄の墓に到着する.偶然,大きな団体と鉢合わせになる.某大手旅行会社のツアー客である.私たちと違って,バスに乗ってのツアーである.参加者の年令は私たちとほぼ同じくらいだが,このツアーの皆さんと私たちの歩き方立ち居振る舞いが自ずから違うことに気がつく.やっぱり歩くことが苦にならない私たちの方が何となく若々しい感じがする.
 バスツアーの方々で信玄公墓の前が混雑しているので,墓前が好くまで,私たちは暫くの間待ち続ける.

<混雑する信玄公墓前>

■武田信玄の墓
 ツアー客の後について武田信玄の墓を詣でる.立派な墓石が立っている.周囲の紅葉が実に美しい.墓の写真を撮りたいと思うが,墓の正面は観光客で混雑しているので,ちょっと横にずれて写真を撮る.そのために,何だか商店が定かでない写真になってしまった.
 甲府市の観光案内によると,ここは武田信玄を荼毘に付したところだという.なお武田信玄の墓は,諏訪湖,長岳寺(長野県),竜雲寺(長野県),高野山,福田寺(愛知県),妙心寺など全国にあるといわれている.
 15時42分,武田信玄の墓を後にする.

<武田信玄の墓>

<円光院>

■坂の上の円光院
 15時47分,武田信玄墓から円光院へ向けて歩き出す.
 途中までは,先ほど鉢合わせしたツアー客と一緒である.ただ,歩くことを趣味にしている私たちに比較して,バス旅行の皆さんの歩行速度が余りにも遅いので,申し訳ないが先に行かせてもらう.
 ゆるやかな登り坂を先へ進むと三叉路に突き当たる.この三叉路を右に進むと円光院のようである.
 先ほどのツアー客は,この三叉路で専用バスを待つことになっているようである.
 私たちは,そのまま右手の道を登り続ける.少し急な坂道である.ほんの数分登り続けて,15時52分,円光院に到着する.

<円光院に到着>

■武田信玄正室三条夫人の墓所
 円光院は,武田信玄正室三条夫人の菩提寺である.
 甲府市の観光案内によると,説三和尚を住持として開山された寺である.甲府五山の一つである.三条夫人は元亀元年(1370年)に殁.円光院は三条夫人の法名である.この寺には武田信玄の寄進状,遺宝が保存されているという.

<三条夫人墓所>

■夕暮れ迫る境内
 本堂裏手にある三条夫人の墓を詣でたいが,夕暮れが迫っている.先を急ぐ必要があるので,残念ながら三条夫人の墓詣では省略する.
 もう,長い陰を落としながら,夕日が境内に射し込んでいる.先を急がなければ…

<夕暮れ迫る円光院の境内>

<円光院から武田神社へ>

■護国神社
 15時55分,円光院から武田神社に向けて歩き出す.兼行院前の下り坂を下りているときに,また,先ほどのツアー客とすれ違う.
 もうすぐ日没である.何とか明るい内に武田神社まで辿り着きたいので,同行の皆さんには少々申し訳ないなと思いながら,歩行速度を一割ほど速める.
 進行方向右手に4〜5メートルの土手が続く.地図で確かめると,どうやらこの土手の上が信玄池のようである.土手を這い上がって池があるかどうか確かめたかったが,良い年をしてみっともないので止めておく.
 16時05分,護国神社の大鳥居前に到着する.奥の方にある社殿が見えているが,先を急ぐので,参拝は省略する.そして足早に通過する.

<護国寺>

■真田弾正忠幸?屋敷跡
 16時16分,真田弾正忠幸屋敷跡に到着する.
 何の変哲もない駐車場の片隅に,真田弾正忠幸?の案内板が立っている.
 この案内文によると,「真田氏は信濃国小県郡を中心に発展した滋野一族の支援で,幸隆は滋野氏の末裔,天文10年(1541年)に,信玄の父信虎に攻められ,上総国に亡命,同15年(1546年)までに信玄に従う.川中島の戦いなどで活躍した人物」である.
 私が中学高校時代に,小諸から上田まで信越本線の汽車通学をしていた.今は信越本線はしなの鉄道になったが,小諸の次の駅が滋野である.この「滋野」が,遠く離れた甲府と縁があったとは…歴史の綾のおもしろさを,今更のように感じる.

<真田弾正中幸隆屋敷跡>


<武田神社>

■観光客で賑わう武田神社
 16時15分,漸く武田神社に到着する.太陽が随分と西に傾いて,間もなく日没である.でも,何とか明るい内に,武田神社胃到着できたので,内心では実にホッとしている.
 “オレの責任は無事終わった…!”
というのが偽りのない感想である.
 何はともあれ,とにかく武田神社の参拝を済ませる.
 甲府市の観光案内によると,武田神社の祭神は武田信玄.大正元年(1919年)に創建.この神社の境内は武田氏三代の躑躅ヶ崎館跡である.戦国大名の館としては最大規模だったという.国史跡指定.
 ここは,観光の重要地点らしく,境内は沢山の観光客で賑わっている.
 丁度,七五三の時期でもある.着飾った親子の姿も目立つ.平和そうで実に微笑ましい風景である.
 参拝を終えて,参加者全員の集合写真をとる(冒頭の写真).

<武田神社>

■武田神社前バス停
 16時45分頃参拝を終える.
 一同が希望すれば,多少暗くなっても,甲府駅を目指して歩いて帰ろうかと思ったが,
 「もうシンドイです…バスで帰りましょう」
というリーダーの意向で,第1日目の街道歩きは,ここで終了となる.神社前のバス停でバスが来るまでひたすら待つことにする.
 私たちが宿泊する甲府ワシントンホテルの前を通るバスの発車時刻は17路00分である.まだ時間があるので,道を挟んで反対側にある売店を一回りしながら時間を過ごすことにする.

<バス待ち>

[参考文献]
資料1;完全踏査街道マップシリーズ「ちゃんと歩ける甲州道中四拾四次」五街道ウォーク事務局
資料2;今井金吾,1998,『今昔三道中独案内 日光・奥州・甲州』日本交通公社
                                         (つづく)

「甲州道中」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/af59416a3c46c903ff33137ae7f8a402
「甲州道中」の次回の記事
(編集中)
「甲州道中」の索引
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/a622a87fbc7f4454e3e837fc990ece58

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