<水田が広がる>
奥州街道(白河の道);第3回;1日目(2);つるが坂から下河戸へ
(クラブツーリズム)
2017年5月17日(水)~18日(木)
前の記事
↓
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/9b9c82bef19c91393d4053145c9e4dd2
1日目;2017年5月17日(水) (つづき)
<ルート地図>
←クリック拡大
<上江川の長屋門>
■庚申塔群
11時20分頃,うるが坂の峠を越える.ここから暫くの間は緩やかな下り坂が続く.
11時26分,竹林の中に祀られた庚申塔群の前を通過する.中央の石塔は庚申塔とすぐに分かる.向かって右側はどうやら二十三夜塔のようである.左側は庚申塔のようにも見えるが,下半分が草に覆われていてはっきりとは分からない.
<石塔群>
■佐久山まであと7km
11時30分,「佐久山 7km」の案内標識を通過する.どうやらこの辺りで下り坂もおわりのようである.
峠を越えるとふたたび水田が広々と広がり始める.
上空は,今にも雨が降り出しそうな厚い雲が覆っている.
”せめて,ウォーキングが終わる夕方まで,雨は待って…”
と祈るような気持ちで歩き続ける.
<下り坂が終わる>
■深い藪の中の神社
水田が広がったあと,また丘陵を抜ける.するとまた水田が広がるという地形が繰り返される.
列の一番後ろを歩いている私は,進行方向左手の藪の中に朽ち果てた石段があるのを見つける.多分,この石段をのぼったところにほこらのようなものがあるに違いない…是非見たいなと思うが,立ち寄っているいとまがない.とりあえずは写真だけ撮っておく.
写真を撮っただけで,集団から30メートルほど後れてしまう.追いかける.こんなことを繰り返しているので,私はいつも後ろの方でアバタバタし続けている.
”それにしても,石段をあがったところに何があるんだろう?”
こういう訳の分からないものに,すぐ興味を持ってしまうのが私の欠点である.
<藪の中の石段>
■白壁の長屋門
11時51分,白壁の長屋門のある家の前に到着する.
長屋門自体はそれほど古い建物のようには見えないが,どんな経緯がこの建物にあるのかは分からない.
同行の講師から,明治になるまで,長屋門は位の高いものにしか作ることが許されなかったという説明がある.
<白壁の長屋門>
■郵便局前で休憩
11時54分,上江川郵便局に到着する.ここの郵便局もなかなか洒落たデザインの建物である.
ついつい私の家の近所にある何の変哲もない2~3箇所の郵便局の建物と比較してしまう.
郵便局前の広場で休憩を取る.
<上江川郵便局>
■大田原に通じる県道144号線
11時58分,曽根田という交叉点に到着する.この交叉点,十字路と言えば十字路だが,直進する道が大きく右に傾いている(冒頭の地図参照).
案内標識によると,県道144号線を経由して大田原へ通じているようである.私たちは,この県道に沿って歩き続ける.
<県道144号線の交叉点>
■明治天皇御小休御膳水碑
11時59分,明治天皇御小休御膳水碑という刻字のある石碑の前に到着する.中山道辺りで見かける明治天皇関連の石碑に比較すると,大分小振りの石碑のように思える.また石碑自体がかなり風化していて,刻字がちょっと読みにくくなっている.
この石碑の左側に大きな石塔が立っているが,風化がすすんでいて,折角の刻字も殆ど読めない.
<石塔2基>
■二つの橋を渡る
12時03分,宮下橋を渡る.
橋を渡ってから川の流域に広がる水田を眺めながら歩き続ける.
12時09分,合柄橋を渡る.
<宮下橋> <合柄橋>
(つづく)
つづきの記事
↓
(執筆中)
「奥州街道」の目次
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/55f1b2dce2470adc0fd0bd872352e0d7
「奥州街道」の索引
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/4c195cfa3f795ede28aa0764b57a5db3
お断り;
これらの記事は,私の趣味仲間を読者対象としたものであり,一般の読者を対象としていません,したがって,まったく個人的なものです.また十分に時間を掛けて編集していませんので,記事は正確とは言えないし,誤字脱字転換ミスも多々あると思います.このことを前提にしてご覧下さい.
また,当ブログ記事を読んで,不快になられた方は,以後,当ブログへアクセスされないようにお願い致します.
↧
奥州街道(白河の道);第3回;1日目(2);つるが坂から下河戸へ
↧