<みはらし庭からの眺望>
善光寺街道;第1回;第3日目(4);小諸宿;本町から小諸駅へ;3日目の総括
(五十三次洛遊会)
2015年8月25日(火)~27日(木)
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第3日目;2015年8月27日(木) (つづき) 曇
<ルート地図>
■小諸宿詳細図
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※再掲
■枡形・本陣・小諸駅周辺拡大図
※再掲
<光岳寺の惣門と楼門>
■光岳寺の惣門
相生町との交差点を通過して間もなく,12時27分,光岳寺に到着する.ここは小諸の名刹のひとつである.
まずは光岳寺の立派な惣門を潜る.
惣門の両側に切り妻の屋根がある立派な門である.観光案内によると高麗門形式の門だとのこと.
この門は小諸城内の足柄門として造られたが,明治初期に現在地に移築されたという.
<光岳寺の山門>
■山門
山門は二階建ての構造になっている.観光案内によると,この門は江戸中期に建造されたものである.
小諸城下では.二階建ての門はここだけだという.
<二階建ての山門>
■本堂
二つの門を潜って,一段と高い所にある本堂を詣でる.立派な建物である.この本堂も江戸中期に建造されたものだという.
小諸市の観光案内パンフレットの記事によると,小諸城主松平憲長は,徳川家康の母,お大の方の曾孫である.憲長がお大の方の菩提のために1624年に建立した寺である.その後,小諸城主牧野家もここを菩提寺とした.そのため本堂の屋根には徳川,松平,牧野の三つの家紋が掲げられている.
下の写真の左に見える鳥居は松井稲荷.その奥に成田山がある.同パンフレットによると,昭和の初期までは,毎月末の成田山の市で,本町通りは大いに賑わったという.私も幼少の頃,両親に連れられて,この市を見物に来たことを微かに覚えている.
<光岳寺本堂>
<商家が立ち並ぶ本町>
■洒落た店舗
光岳寺から本町通りを南西に歩く.この辺りが小諸宿の中心部に当たる.
道路の両側には洒落た店舗や建物が建ち並ぶ.
”いつから,こんなにおしゃれな街になったんだろう…”
と改めて驚きながら歩く.
途中で,有名な蕎麦屋の前を通過する.ここで昼食にしても良いなと思ったが,あいにく今日は定休日である.ちょっと残念.
<洒落た店構え> <ちょっと変わった感じのお店>
■ほんまち町屋館
12時38分,ほんまち町屋館に到着する.
まずは「みはらし庭」へ直行する.少々,お疲れなのか,何人かの方々は,軒下のベンチに直行される.
成り行きで,休憩を取る.
<みはらし庭入口> <みはらし庭ベンチで休憩>
■みはらし庭からの眺望
直射日光が少々暑いが,庭先に行ってみる.吾妻屋には若い二人連れの先客が居る.
なるほど素晴らしい風景である.眼下に小諸の市街地が広がっている.その向こうに緑鮮やかな里山が見える.さらにその先には浅間連峰の広大な山裾が広がっている.ただ残念なことに山頂付近は雲に覆われている.
<みはらし庭からの眺望>
<枡形と養蓮寺>
■枡形
12時45分,「みはらし庭」から「ほんまち町屋館」の館内を抜けて,本町の通りに出る.
町屋館の職員が,
「…ここは市の施設なので,ご来場頂いた方々にサインをしてもらっています…」
とのこと.
代表者だけ書いてもらえば良いというので,私が自分の氏名,住所を記帳するが,プライバシィがちょっと気になる.
ほんまち町屋館からすぐ先に国道18号線との交差点がある.交差点のすぐ手前で右折して狭い路地に入る.いわゆる枡形である.
さらにその先,ほんの数十メートル歩いたところで,今度は左折する.そこからほんの10メートルほどで,国道18号線に突き当たる.
■鍋蓋城趾と養蓮寺
信号機のないところで,頃合いを見計らって,国道18号線を渡る.そして,裏参道を抜けて,12時52分,養蓮寺に到着する.
小諸市の観光案内パンフレットの記事によると,今通過した枡形に囲まれた辺りは,戦国時代に最初に造られた鍋蓋城の跡だという.江戸時代には家老の屋敷があった.屋敷の両側には町人地との境界の木戸があったというが,いまはその面影もない.
同上のパンフレットによると,養蓮寺は,戦国時代のはじめ,1493年に浄土真宗の寺として開山された.ここは雷電為右衛門の生家の菩提樹である.
雷電為右衛門も幼少の頃,養蓮寺で水汲みをしていたという.
境内の一隅に,雷電為右衛門が寄進したと言われる鐘楼がある.
<養蓮寺本堂> <養蓮寺の鐘楼>
<粂屋脇本陣跡・本陣問屋跡>
■粂屋脇本陣
12時58分,脇本陣跡に到着する.
威風堂々,立派な建物である.建物全体の写真を撮りたいが,私のカメラでは建物全体を写すことはできない.残念.
建物の前に立っている赤いポストが印象的である.
<粂屋脇本陣>
■本陣問屋
続いて,13時丁度,本陣問屋に到着する.この建物は国重要文化財である.
同上の資料によると,一階の問屋場の前に馬をつなぎ,荷物の出し入れをした.「国内で例を見ないほど立派な本陣問屋である」とパンフレットに書いてある.内部は非公開.
ここでも,私のオンボロデジカメでは,建物全体の写真を撮ることは不可能である.
<威風堂々の本陣問屋跡>
■本陣主屋
13時03分,本陣主屋に到着する.
同上資料によると,この建物は,本陣問屋の奥に位置していたが,平成8年に現在地に移築,復元したという.
玄関などの一部に江戸時代の部材が使われているとのこと.あいにく,木曜日は休館である.
<本陣主屋>
■小諸駅で解散
13時06分,小諸駅に到着する.ここで解散.
私は,せっかく小諸に来たのだから,親戚にでも顔を出してから帰ろうかと思ったが,こまごました仕事が山積しているので,真っ直ぐ帰宅することにする.
同行の皆様全員が東京方面に帰るが,帰りからはいろいろ.
ある方は,折角信州に来たのだからということで,蕎麦を賞味してから帰る,またある方は,小海線と中央本線経由で帰る人,まさに人それぞれである.
<小諸駅前に到着>
<何とか無事帰宅>
■小海線と新幹線
私は小海線で佐久平に出て,北陸新幹線に乗り換えるつもりである.
小諸13時52分発小淵沢行列車に乗車する.小淵沢廻りで帰る人も一緒の列車に乗車する.
小海線の列車は格好いいジーゼル車である.列車は先ほど訪れた乙女湖公園付近の素晴らしい風景の中を快走する.
北陸新幹線利用組は,佐久平駅で下車する.
佐久平14時25分発あさま618号,自由席に乗車する.車内は意外に空いている.悠々と窓側の席に座る.
落ち着いたところで,昨日,通りがかりのコンビニで仕入れたオニギリなどを昼食代わりにする.
新幹線はとにかく速い.居眠りをしている内に,15時49分,上野駅に到着する.
<小海線の列車> <私の昼食>
■根岸線経由で帰宅
私は,上野駅で下車して,上野東京ラインの電車に乗り換える積もりである.ところが,どうしたことか,どこかで火災があったとかで,本日に限って上野東京ラインの電車は運休である.
仕方がないので,京浜東北線の電車に乗車する.たまたま乗車した電車が磯子行である.上野駅で運良く座れる.こうなると雑踏の東京駅でわざわざ乗り換える気にならない.
”ちょっとぐらい時間が掛かってもいいや…”
で,そのまま乗車し続ける.
磯子駅で,すぐ後の大船行電車に乗り換える.
夕方,無事帰宅する.
なんとなくホッとする.こうして,善光寺街道第1回は,無事,終わった.
明日からは,旅の記録をブログ記事に纏めるのが楽しみである.
<第1回3日目のラップタイム>
8:22 平原駅歩き出し
8:33 国道18号線(善光寺西街道)
9:19 乙女橋を渡る
9:20 乙女湖公園入口
9:54 仏舎利塔・日本山妙法寺
10:38 乙女橋を渡る
10:50 TSUTAYA(11:16まで休憩)
11:29 浅間道標と馬頭観音
11:35 与良家住宅
11:44 こもろ高濱虚子記念公園
12:04 熊野神社・八幡神社(12:18まで)
12:22 荒町館
12:27 光岳寺
12:38 ほんまち町屋館(12:45まで)
12:52 養蓮寺
12:58 粂屋脇本陣
13:00 本陣問屋
13:03 本陣主屋
13:06 小諸駅(解散)
[第1回3日目のハイキング記録]
※早朝散策は含まず.
■水平歩行距離 8.7km
■累積登攀高度 177m
■累積下降高度 220m
■所要時間 (休憩時間込み)
平原駅発 8:22
小諸駅着 13:06
(所要時間) 4時間44分(4.73h)
水平歩行速度 8.7km/4.73h=1.84km/h
[第1回の総括]
第1日目 第2日目 第3日目 合計
水平歩行距離(km) 7.4 10.5 8.7 26.6
累積登攀高度(m) 151 50 177 378
累積下降高度(m) 462 312 220 994
所要時間(h) 4.07 5.08 4.73 13.88
水平歩行速度(km/h) 1.83 2.07 1.84 1.92
[参考資料]
資料1;完全踏査街道マップシリーズ『ちゃんと歩ける善光寺街道』五街道ウォーク事務局
資料2;今井金吾,1994,『今昔中山道独案内』日本交通公社
資料3:小諸市発行の各種観光案内パンフレット
(第1回終わり)
(第2回に続く)
[あとがき]
善光寺街道第2回目は,次のスケジュールで開催される予定である.したがって,この記事の続編は10月下旬以降に連載する予定である.
開催期間;2015年10月27日(火)~29日(木) 2泊3日
歩行区間;
第1日目;小諸宿→滋野→布引観音
第2日目;滋野→田中宿→海野宿→大屋
第3日目;大屋→信濃国分寺→上田宿(上田城趾公園散策)→西上田
次の記事
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(2015年11月頃)
「善光寺街道」の目次
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「善光寺街道」の索引
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【参考資料】
「善光寺西街道」の目次
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「善光寺西街道」の索引
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