<丸井伊藤商店>
歩いて巡る甲州道中四十四宿(第8回);第2日目(7);茅野駅を目指して
(五十三次洛遊会)
2014年4月18日(金)〜20日(日)
第2日目;2014年4月18日(土) (つづき)
<ルート地図>
<旧原村を行く>
■南無阿弥陀仏名号碑と馬頭観音
14時35分,南無阿弥陀斑名号碑に到着する.石碑は二つに割れているが,継ぎ合わせてある.
南無阿弥陀仏名号碑の後ろに小さな馬頭観音像が隠れるように置かれている.
<南無阿弥陀仏名号碑と馬頭観音>
■早川橋を渡って中央本線のガードを潜る
14時37分,宮川の支流に架かる早川橋を渡る.狭い道幅で簡素な橋である.
早川橋を渡ると,すぐに十字路がある.十字路を左折する.道なりに歩いて,14時42分,中央本線のガードを潜る.
<早川橋> <中央本線のガード>
■忠遊園碑と秋葉山常夜灯
14時44分,中遊園碑に到着する.周囲は公園風に整備されている.手許にある資料では,この中遊園の由来などは全く分からない.
14時48分,国道20号線に突き当たる.この交差点に秋葉山常夜灯などの石塔群がある.
<中遊園碑> <秋葉山常夜灯など石塔群>
■建倉橋を渡る
14時49分,弓振川支流に架かる建倉橋を渡る.
資料1によると,御射祭の神事として御射山で狩を行う一行が,この弓振川で弓を清めたという.
<建倉橋を渡る>
■中央自動車道のガード
14時59分,馬頭観世音碑などの石碑が草むらの中に安置されている.この辺りには,沢山の石仏石塔があるなという印象を持つ.
15時丁度に中央自動車道のガードを潜る.
<馬頭観世音> <中央自動車道のガードが見える>
■三輪神社
15時10分,三輪神社の脇を通過する.手許の資料では,三輪神社の由来などは不明.
なお,資料1によると,この辺りの五味家の裏に一里塚跡の標識があるようだが,見学は自粛して通過する.なお,ここの一里塚は江戸日本橋から50里目の一里塚である.
<三輪神社>
<丸井伊藤商店>
■春の蔵開き
15時11分,丸井伊藤商店に到着する.ここで休憩を兼ねて蔵の見学を行うつもりである.
資料3によると,丸井伊藤商店の概要は以下の通りである.
「創業以来100年を数え,味噌造り一筋に昔ながらの伝統の技を尊重し,更に新しい技術を取り入れ,研究を重ねて故郷の味を届けている丸井伊藤商店は,甲州街道に面して本社工場があります.
昔ながらの天然蔵には,天然二年味噌,三年味噌が背丈よりも大きな木樽で静かに熟成の時を待っています.伝統に近代的設備を備えた漬物工場では,一つ一つ丁寧に漬け込まれた野沢菜,山ごぼう,セロリ、胡瓜,茄子,しょうが,大根,人参,しその実,みょうが,昆布など高原野菜が冷蔵庫で熱成を待っております.また,工場内の見学ができます.お気軽にご予約ください.」
店の前には,大きな味噌樽が展示されている.味噌樽には「春の蔵開き」と大きな字で書いた案内が貼り付けられている.
<お店の前の大きな蔵>
■売店を一回り
お店の中に入る.
なるほど,資料3の紹介記事にあるように,実に沢山の漬物が並んでいる.どれもこれも美味しそうである.
店員に勧められるままに,1〜2種類試食してみる.確かに美味しい…が,今購入すると,それをずっと持ったまま街道歩きをしなければならない.
…ま,そんなわけで,購入するのは思いとどまる.
<売店を一回り>
■貧乏神と混雑する構内
私たちが,店内をノンビリと見学していると,突然,店内がやたらに騒々しくなる.私たちとほぼ同じ年代の方々が何十人もドヤドヤとお店に入ってくる.某有名旅行会社のバスツアーの皆さんが店内に入ってきたのだ.
私たちもこのツアー客に呑み込まれるように,店内の定番観光ルートを一緒に一回りする.流されたといった方が適切だろう.
ムッとするような小さな部屋に流れるように入る.説明員が,
「…皆さん,そちらに祀られている神様は『貧乏神』です,ですから,拝まないで下さい…」
と大声で言う.
“ナルホド…合点!”
でもその先がダメ.余りにも沢山の見物客のために前の方が渋滞していて,私たちは貧乏神が鎮座する部屋から先へはなかなか行けない.
“こりゃ〜…,ダメだ.何時まで経っても,貧乏神に部屋から出られないぞ…”
咄嗟に,落語に出てくる川柳,
“家中を七福神が取り巻いて,貧乏神は出るに出られず”
を連想する.
私たちは先へ進むのを諦めて,元の場所に戻る.そして,また,売店をウロウロする.
売店の一角で,みそ汁の試飲があるとのこと.
私が一人で行動しているときには,滅多に試食や試飲はしないが,今回は同行の仲間に誘われるままに,味噌スープをチョットだけ試飲する.
“ウン! 確かに美味しい”
<貧乏神> <味噌スープ試飲>
■天然蔵
私たちが鉢合わせした大勢の人たちは,某大手ツアー会社主催の団体客と分かる.団体客の皆さんの波に乗っていたら埒があかないので,団体客とは逆に売店の方向に移動する.
途中で,天然蔵という建物の中を覗く.薄暗い室内に大きな樽がビッシリと立ち並んでいる.その様子は中々壮観である.
<天然蔵>
<茅野駅へ>
■丸井伊藤商店から歩き出す
15時25分,丸井伊藤商店の見学を終える.お店の前に集合してから茅野駅を目指して歩き始める.
資料1および資料2の記事を参考にしながら,ひたすら茅野駅を目指す.
茅野駅までの間に,寒天蔵,明治天皇御小休所跡,宗湖寺,西街道跡などの見所があるのは分かっているが,もう大分疲れているので,いちいち見学する気力もない.ただひたすら歩き続ける.
なお,資料1によると宗湖寺は諏訪氏の菩提寺のようである.
<丸井伊藤商店から歩き出す>
■上川を渡る
15時20分,上川に架かる上川橋を渡る.
上川はなかなかの大河である.橋の中央付近で上流の写真を撮る.清流がさくさくと流れる綺麗な川である.
資料2(pp.361-362)によると,上川に架かっていた橋は出水で流されてしまうことが多かったようである.橋が流されたときには,脇道を通ったという.この脇道のことを西街道と呼んでいた.
この西街道は「国道20号線を横切って,しばらく行き,宮川の手前で北西に曲がり,また国道20号線を横断して,宮川に架かる安国寺橋を渡る」(同資料p.362)というルートだったようである.
<上川橋を渡る>
■巨大な石
上川橋を渡ると住宅や商店が密集する市街地になる.茅野市である.
国道20号線から右折してJR茅野駅に向かう道路に入る.この辺りは再開発された地域らしく,広い道路の両側に真新しい建物が建ち並んでいる.
15時35分,道路脇に置かれた大きな石の前に到着する.黄土色の岩肌で注連縄が施されている.
傍らに立っている案内板の記事によると,平成22年に茅野駅西口付近の区画整理工事を行った際に出土したもので,八ヶ岳の噴出物が固まったものだという.
<茅野駅近くの巨大な石>
■茅野駅に到着
15時38分,なんとか無事にJR茅野駅に到着する.
今日は諸橋橋を6時55分に歩き出してから,17.6キロメートルの道のりを,5時間43分で歩いたことになる.
当初の私の予想では,茅野駅に辿り着くのは17時を過ぎるだろうと思っていたが,皆さんとても元気に歩かれたのは賞賛に値すると思う.
何れにしても“ご苦労様でした”である.
<茅野駅に到着>
(つづく)
[参考文献]
資料1;完全踏査街道マップシリーズ「ちゃんと歩ける甲州道中四拾四次」五街道ウォーク事務局
資料2;今井金吾,1998,『今昔三道中独案内 日光・奥州・甲州』日本交通公社
資料3;http://www.tamatebako.ne.jp/marui/omise.htm
「甲州道中」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/a585b9d04d9e5e48007db8f9b7579f33
「甲州道中」の次回の記事
(編集中)
「甲州道中」の索引
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/a622a87fbc7f4454e3e837fc990ece58
※お願い
この記事はあくまで個人的趣味,仲間との情報共有を目的としたものであり,第三者を読者の対象にはしておりません.
記事の正確性は保証しかねます.なるべく誤字脱字転換ミスは少なくするように努力しますが,不具合は多々残っているでしょう.これらがご不快に思われる方は,どうぞ当ブログへアクセスしないようにお願いします.
↧
歩いて巡る甲州道中四十四宿(第8回);第2日目(7);茅野駅を目指して
↧