<懐古園入口の三の門>
早春の信州小諸の旅(2);懐古園を一巡り
(独り散策)
2020年2月27日(木) 晴;寒冷強風 (つづき)
まえの記事
↓
https://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/738603f75b30b689c5915c45050372e3
<懐古園地図>
←クリック拡大
※現地案内地図を撮影
<三の門から二の丸跡へ>
■三の門
停車場ガーデンとせせらぎの丘の間にあるしなの鉄道のガードを潜る.
8時17分,懐古園入口にある三の門を潜り,園内に入る.この門は懐古園を代表する遺構で国指定重要文化財になっている(冒頭の写真).
<懐古園入口の「三の門」>
■木村熊二レリーフ
日中は入場券300円也を購入しなければ園内に入れないが,早朝から9時までの園内散策は無料である.正面に向かって右側の坂道を登る.すぐに石垣に突き当たって右折する.突き当たりの石垣に木村熊二のレリーフが埋め込まれている.
私は幼少の頃からそれこそ数え切れないほど懐古園を訪れているが,その頃,ここに奇妙なオッサンのレリーフがあるなぐらいの関心しかなかった.後になって彼が洋行帰りの小諸義塾の塾長だったことを知った,それ以来,郷土の歴史について些かながら関心を持つようになった.当時の小諸義塾の講師陣には島崎藤村,三宅克巳,丸山晩霞などがいた.
<木村熊二のレリーフ>
■若山牧水の歌碑
木村熊二レリーフから少し離れてた場所の石垣に若山牧水の歌が刻まれた大きな石が埋め込まれている.
”かたはらに 秋くさの
花かたるらく
ほろびしものは
なつかしきかな”
<若山牧水の歌>
■貞明皇后行啓記念碑
石垣沿いに先へ進むと,貞明皇后行啓記念碑と刻字された大きな石碑が立っている.
石碑の脇に貞明皇后の御歌が紹介されている.
”夏の日の
ながき日くれて
桑畑に桑かる音の
まだたえぬかな”
<貞明皇后行啓記念碑>
■東宮駐駕之處
貞明皇后行啓記念碑の隣に東宮駐駕之處と刻字された大きな石塔が立っている.この石塔の隣に,入り江為守の歌が披露されている.
”千久ま川
古城にそひていにしへを
かたりかほなる
水の音かな”
これらの石塔が昔からあったことは記憶しているが,これまでこれらの石塔には全く関心がなかったことが悔やまれる.
<東宮駐駕之處>
<弓道場から粋月橋へ>
■弓道場
進行方向右手にある弓道場の前を通過する.
まだ時間が早いのか,弓道場には誰も居ない.
<弓道場>
■稲荷大明神
弓道場近くの場所に祀られている稲荷神社を詣でる.ややコンパクトな社殿という印象があるが,赤い立派な鳥居が印象的である.
<稲荷大明神>
■ケヤキの巨木と藤村記念館
さらに先へ進むと大きなケヤキの木と藤村記念館が見える.この大きなケヤキの木は私が小学校(正確には国民学校)の児童(小国民)だった頃,何回となく写生に訪れたことがある.懐かしい巨木である.
平屋の建物が藤村記念館である.
<大きなケヤキと藤村記念館>
■荒神井戸
進行方向左手,本丸入口に荒神井戸がある.傍らの説明板の記事によると寛保の大洪水の後に掘られた域内唯一の井戸とのこと.
<荒神井戸>
■藤村記念館
藤村記念館の前を通過する,残念ながらまだ開館していない.
<藤村記念館>
■天守台の城壁
苔むした天守台の石垣の脇を通り抜ける.石垣の先は桜の名所の馬場である.
<天守台の城壁>
■広々とした馬場
8時28分,馬場に到着する.
とりあえず馬場の見物は後回しにして,先に鹿島神宮の参拝を済まることにする.
<広々とした馬場に到着>
■粋月橋
進行方向右手に深い谷がある.この谷に架かる粋月橋を渡って,谷の向こう側にある鹿島神社と小山敬三記念館を一回りすることにしようと思う.
<粋月橋>
(つづく)
つづきの記事
↓
(執筆中)
お断り;
これらの記事は,私のボケ防止と趣味仲間を読者対象としたものであり,一般の読者を対象としていません,したがって,まったく個人的なものです.また十分に時間を掛けて編集していませんので,記事は正確とは言えないし,誤字脱字転換ミスも多々あると思います.このことを前提にしてご覧下さい.
また,当ブログ記事を読んで,不快になられた方は,以後,当ブログへのアクセスはご遠慮下さい.
なお,古い記事には顔写真が掲載されていますが,すべてご本人の了承を得た上で掲載したものです.
↧
早春の信州小諸の旅(2);懐古園を一巡り
↧