<小田原城>
『鎌倉学』2016年春(第4回);フィールドワーク(小田原)
(KGU公開講座)
2016年6月20日(月) 晴
この記事の内容は感想文だけで,講義内容は全く記載しておりません.
記事の中の説明文は現地の案内板の記事インターネット,あるいは参考文献から引用したもので,講義内容から引用したものではありません.念のために申し添えます.
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http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/23f9ca85e0eac600d3623589110e0453
<ルート地図>
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<掃雲台散策>
■掃雲台付近散策地図
(引用)現地案内版地図
■近代小田原三茶人
(引用)小田原市HP
掃雲台;三井財閥の益田孝(純翁);明治39年(1906年),小田原板橋に掃雲台の造営を開始.大正3年(1914年),三井を退くとともにここに移り,茶の湯三昧の晩年を過ごした.
自恰莊(じいそう);三越社長野崎広太(幻庵)は,大正7年(1918年),三越の社長を退くとともに小田原の十字町諸白小路(現;南町)に自恰莊を,天神山伝筆寺裏(現;城山)に安閑草舎・山房を造り,この地で晩年を過ごした.
老欅莊(ろうきょそう);松永安左エ衞門(耳庵)は昭和21年(1946年)ここに移住.吉田茂,池田隼人,後藤啓太など多数の政財界人がここを訪れた.
■小田原駅集合
関東学院大学主催の『鎌倉学』第4回はフィールドワークで小田原を歩くことになっている.折から梅雨時なので,雨になるかなと心配していたが,曇ながら何とか雨は降らずに済みそうである.
11時00分,小田原駅改札口集合である.
塔ノ岳に登るときには,早朝,5時50分に小田原駅に到着するように家を出発するので,11時集合となると,ちょうど塔ノ岳山頂から下山の途中の時間である.そんな日常と比較すると,11時集合はどうも中途半端な感じがしてならないし,折角の貴重な時間が勿体ない気がしてしまう.
朝の時間を持て余しながら,結局は随分と早い時間に家を出発してしまう.揚げ句の果ては,大船駅で,”いくら何でも早すぎるな”ということで,結局,Becker'sに立ち寄ってコーヒーを飲みながら30分ほど時間を潰す.それでも早すぎるなと思いながらも,大船駅東海道本線下りホームに向かう.
どこかで事故があったのか,電車が少し遅れている.結局,中途半端だなと思いながらも国府津行の電車に乗り込む.これならば,居眠りをしていても,国府津でたたき起こされるに違いないので,小田原で乗り過ごす心配はない.正直なところ”国府津行良かったナ”と思う.
10時30分頃,小田原駅に到着する.まだ集合時間まで30分もあるのに,事務局と小田原在住の受講生が,もう集合場所で待っている.
定刻11時に参加予定者全員が揃う.
全員が揃ったところで,小田急線電車で箱根板橋駅まで移動する.
<混雑する小田原駅の大提灯下> <箱根板橋駅>
■掃雲台跡地散策
11時34分,箱根板橋駅から歩き出す.ストレッチもせずにいきなり歩き出すので,少々戸惑うが,”ああそううだ! 今日は山登りではなかった”と納得.
駅前から旧東海道の道路に突き当たって右折,さらにすぐ先で左折して,やや急な登り坂を歩く.この辺りは海に面した山を切り開いた新興住宅地になっている.
少し道幅の広い舗装道路に沿って,坂道を登るにつれて,次第に見晴が良くなる.
<旧東海道に立っている案内版> <小雨の中,坂道を登る> X
■三の丸外郭新堀累公園
12時21分,住宅地の高い所にある広場から相模湾を見ろす.
どうやら,この辺り一帯は.三の丸外郭新掘公園というようである.広場の一角で風景を眺めながら,5分ほど休憩を取る.
<公園案内版> <相模湾の眺望>
■相洋高校と小田原高校
高台での展望休憩を終えて,12時20分,再び歩き出す.
12時28分,相洋高校グランド沿いの道を西北西に向かう.ここから先は緩やかな下り坂である.
12時32分,小田原高校入口を通過する.
<相洋高校グラウンド> <横須賀高校入口>
<小田原城趾公園>
■小田原城趾概念図
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■小田原城趾公園入口で解散
長い坂道を下って,12時43分,小田原城趾公園入口に到着する.
ここで,今回のフィールドワークは解散となる.次回は来週月曜日.関東学院大学六浦キャンパスで講義である.
私は,折角の機会なので,小田原城を一人で一回することにする.
最初の三叉路を右に曲がる.子どもの電車の線路沿いの散策路に入る.土手のアジサイが丁度見頃である.
小田原城趾公園には数回来たことがあるが,辺りの様子が良く分からないので,適当に歩く.
<公園入口で解散> <土手のアジサイが見頃>
■小田原城を見上げる
やがて,坂道に合流する.沢山の観光客が坂道を登っている.皆の歩く方向に行けば何かあるだろう思って,観光客の流れに入る.
やがて急な登り坂になる.坂道を登り切って,小田原城の前の広場に到着する.城の中に入る気はしないが,折角だから城を見上げた写真を数枚撮る.
<小田原城>
■城を見上げながら暫く休憩
城を見上げながら,ウロウロしていると,最近漸くお互いの顔を覚えた受講者3人とバッタリ会う.
ベンチに座り込んで,暫くの間,雑談を楽しむ.
雑談をしている内に,お互いが次第に打ち解けてくる.新しい仲間がだんだんと形成されてくるのが良く分かる.
気温は高いが,涼しい海風が絶えず吹き上げてくるので,実に気持ちが良い.
<ちょっと回り道して帰宅>
■八幡山古郭累
小一時間,小田原城趾公園で過ごした後,たまたま一緒になった方々と連れたって,小田原駅方面に向かう.
ちょっと歩き足りない感じがした私は,小田原駅手前で,一緒の方々とお別れして,八幡山古郭累付近を一回りしてみる.
歩きながら地図を見ている内に,小田原市の北側に沢山の寺があることに気が付く.
”近いうちに,地図に載っている小田原の社寺を片っ端から廻って見よう…”
と思い立つ.
14時42分,八幡山古郭跡に到着する.
案内版の脇から,上の方に登って行く道が付いているが,さすがにその道を登って行く気にはならない.近くにある案内版を見ながら,さて,どうしようと考える.
<八幡山古郭案内版>
■小田原駅北口
古郭前で,さてどうしようかと迷っている私の側を,何組かの高校生のグループが小田原駅北口に向かって歩いて行く.歩いてくる方向から,多分,相洋高校か小田原高校の生徒だろうと思う.賑やかな彼らを見ながら,
”若い人は良いな…”
とつくづく思う.
若い生徒さんに釣られて,私も何とはなしに小田原駅方面へ向かう.
14時57分,小田原駅北口に到着する.
<小田原駅北口>
■無事帰宅
小田原15時04分発特別快速高崎行電車に乗車する.大船駅までの停車駅は,国府津,平塚,茅ヶ崎,藤沢だけ.快適.
15時33分,大船駅到着.大船駅前は涼しい風が吹いていて,なんとも心地よう気温である.涼しい風に誘われて,大船駅から自宅まで,歩いて帰ろうかと迷ったが,結局,路線バスを利用して16時少し前に,無事,帰宅する.
”さて,今日,学習した内容を「私流鎌倉学」の枠組みの中で,どこに位置づけたら良いんだろうか?
<ラップタイム>
11:34 箱根板橋駅歩き出し
12:21 三の丸外郭新掘公園(12:25まで休憩)
12:32 小田原城趾公園入口(解散)
14:35 小田原城趾公園発
14:42 八幡山古郭(14;47まで)
14:57 小田原駅北口着
[散策記録]
■水平歩行距離 4.3km
■累積登攀高度 98m
■累積下降高度 95m
■所要時間(休憩時間込み)
箱根板橋駅発 11:34
小田原駅北口着 14:57
(所要時間) 3時間23分(3.38h)
水平歩行速度 4.3km/3.38h=1.27km/h
(おわり)
『鎌倉学』の続きの記事
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(なし)
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